この記事では、認知言語学における〈カテゴリー化〉について扱います。
〈カテゴリー化〉というトピックは認知言語学では非常に重要視されています。
誤解を恐れずに言うならば、この〈カテゴリー化〉という能力が私たち人間に備わっていなければ、言語表現を織りなすことができないのです。
今回は、そんな言語使用と密接に繋がる〈カテゴリー化〉について見ていきましょう。
【認知言語学概論①】認知言語学とは

前置きとして 【記事の構成】
本編の前に、前置きをさせていただきます。
今回の記事のテーマである〈カテゴリー化〉というものは、認知心理学の分野が対象としているものであり、〈認知言語学〉だけに特有のものではありません。
簡単に言えば、〈認知言語学〉はそのアイデアを認知心理学からお借りしたのです(全くそのまま借用したわけではありませんが)。
したがって、今回の記事の構成は次のようになります。

記事の前半では「言語」に関する情報は一切出てきませんが、後半部分で〈カテゴリー化〉と言語の関連性について扱っています。
「言語に関する情報」が知りたい方にとってはご不便をお掛けする記事構成ですが、イラストを豊富に用いて出来る限り分かりやすく、そして面白く解説しているつもりなので、ぜひ最後まで目を通していただけると嬉しいです。
それでは前置きが長くなりましたが、本編に入っていきたいと思います。
『カテゴリー化』とは?
「そもそもカテゴリー化とは何か?」というところから始めましょう。
〈カテゴリー化〉は一般に次のように定義されています。
定義自体は特に難しくもなく、普段の日常で当たり前のように〈カテゴリー化〉は行われています。
試しに、1つ〈カテゴリー化〉を行ってみましょう。

『2つのグループに分類する』という指示に従えば、次のような分け方になるはずです。

今やっていただいたこの行為が、まさに〈カテゴリー化〉です。
用語について
ここで、2つ用語をご紹介します。
〈カテゴリー〉と〈メンバー〉という用語です。
〈メンバー〉= そのグループに属する要素
と思っていただければ大丈夫です。

カテゴリー化は単純か?複雑か?
今まで見てきたように、〈カテゴリー化〉とは、それ自体は単純であるように感じられます。
しかしながら、実際にはこの〈カテゴリー化〉の理論は想像よりも複雑で、この理論を巡って過去には様々な論争が繰り広げられてきました。
そんな『カテゴリー理論』を巡る論争を見てみましょう。
カテゴリー理論を巡る論争
〈カテゴリー化〉に対する論争はかつてから存在しました。
今回はその中から2つご紹介します。
②プロトタイプ理論
古典的カテゴリー理論
〈古典的カテゴリー理論〉は、古代ギリシアの哲学者アリストテレスの『範疇論』に端を発しているともいわれています。
そんな〈古典的カテゴリー理論〉では次のような特徴を持っています。

この〈古典的カテゴリー理論〉の特徴を理解するには、『奇数と偶数』というカテゴリーが例に出されることが多いです。

つまり、それぞれのメンバーの間に性質の差異・揺らぎは認められません。
さらに、ある自然数に対して、それが奇数なのか偶数なのかは容易に判断できます
したがって、奇数と偶数というカテゴリーの境界線は極めて明確です。
以上が〈古典的カテゴリー理論〉の考え方です。

古典的カテゴリー理論の問題点
しかしながら、この〈古典的カテゴリー理論〉には問題点があります。
問題点は、少なくとも2つ挙げられます。
問題点 その1
1つ目の問題点は、理論そのものが合理的ではないという点です。
先ほどの『奇数と偶数』の例では上手くいきましたが、全てのカテゴリーにこの捉え方が当てはまるとは限りません。
『あるカテゴリーに所属してるメンバーが、全く同じ性質を共有していない』というのは直感的にも分かるはずです。
例えば、『ゲーム』というカテゴリーで考えてみましょう。
『ゲーム』というカテゴリーには、
- 「道具を使うもの」と「何も使わないもの」
- 「1人で遊ぶもの」と「みんなで遊ぶもの」
- 「勝敗があるもの」と「勝敗がないもの」
…などなど
たくさんの性質を持った「(メンバーとしての)ゲーム」が『ゲーム』というカテゴリーに所属しています。
そして、今見たように、
『ゲーム』という1つのカテゴリーに所属するメンバーたちの間に、「同じ性質が同じ程度だけ共有されている」と解釈することは不可能です。
これが〈古典的カテゴリー理論〉の問題点の1つ目です。
問題点 その2
〈古典的カテゴリー理論〉の2つ目の問題点は、境界線に関するものです。
先ほどと同じく『ゲーム』という例を考えてみましょう。
近年では、コンピューターゲームやビデオゲームなどが “Eスポーツ”と呼ばれ、『スポーツ』の一種として扱われるようになってきました。
そのような現状で、コンピューターゲームは『ゲーム』なのか、それとも『スポーツ』なのか、その境界線は明確ではありません。
このカテゴリーの境界線の曖昧性は、『ゲーム』というカテゴリー以外にも同様に当てはまってしまうのです。
これが〈古典的カテゴリー理論〉の2つ目の問題点です。
以上の2つの問題点をまとめておきましょう。
(2) 各カテゴリーの境界線が曖昧である
これら2つの問題点を上手く解決したのが、次の〈プロトタイプ理論〉です。
プロトタイプ理論
先ほど見た〈古典的カテゴリー理論〉では、カテゴリーの概念を上手く説明することができませんでした。
そこで、次に〈プロトタイプ理論〉という考え方を見てみたいと思います。


この〈プロトタイプ理論〉の特徴の内、まずは最初の2つを見てみたいと思います(3つ目の特徴は後述します)。
プロトタイプ理論の中心メンバー
〈プロトタイプ理論〉では、その理論の重要な役割を果たすメンバーが存在します。
それが、〈プロトタイプ〉というメンバーです(典型例とも呼びます)。
例えば、『鳥』というカテゴリーを考えてみましょう。
『鳥』というカテゴリーは、その中心的なメンバーである〈プロトタイプ〉を中心に形成されます。

他のメンバーの配置について
それでは、「スズメ」以外のメンバー(ワシやペンギンなど)はどのように配置されるのでしょうか?

スズメが持っている性質として、
「羽がある」「飛べる」「くちばしが鋭い」「市街地に生息している」などが挙げられます。これらのスズメの性質をより多く満たしたメンバー(ハトやカラスなど)は、より中央に近い位置に配置されます。一方で、スズメの性質をあまり満たしていないメンバー(ペンギンや鶴など)は、中央から離れた位置に配置されます。
そして、もう1つ重要なことがあります。
このような中心からの位置が異なっているメンバーの配置の仕方は、それぞれのメンバーの性質の違いを容認していることを意味するのです。
したがって、先ほど紹介したような〈プロトタイプ理論〉の特徴が出来上がります。

カテゴリーの境界線は極めて曖昧である
ここでは、『動物』と『食べ物』という2つのカテゴリーを考えます。
前述の〈古典的カテゴリー理論〉では、カテゴリーの境界線は明確であるため、『動物』と『食べ物』の境界線も明確であるはずです。

しかしながら、直感的にもその境界線は曖昧であることはお分かりいただけると思います。

イラストの通り、『動物』と『食べ物』のカテゴリーの境界線は曖昧です。
いわゆる、文字通りの「グレーゾーンがある」と言えそうです。
〈プロトタイプ理論〉では、このグレーゾーン、即ち境界線の曖昧性を容認します。
〈古典的カテゴリー理論〉と〈プロトタイプ理論〉の相違点として、この境界線の曖昧性(連続性)が挙げられます。

プロトタイプ理論についてのよくある疑問
ここからは、〈プロトタイプ理論〉に対する疑問に答えることで、更に理解を深掘りしていきます。
✔注意事項
以下の説明で、〈プロトタイプ理論〉と〈プロトタイプ〉という2つの言葉が出てきますが、〈プロトタイプ理論〉と表記した場合は「理論そのもの」、〈プロトタイプ〉と表記した場合は、「典型的なメンバー」を指しています。用語の区別にお気を付けください。
プロトタイプはどのように決定するのか?
〈プロトタイプ理論〉において非常に重要な役割を果たす〈プロトタイプ〉ですが、その決まり方に関して絶対的な規則は存在しないと言われています。その対象が持っている性質のほかに、個人的経験要因、文化的要因、生活環境的要因など複合的な条件のもとで、プロトタイプが決定されているのです。例えば、『お肉』というカテゴリーを想定した場合、私たちにとっての〈プロトタイプ〉は『豚肉』や『牛肉』ですが、イスラム教の環境下では『豚肉』、ヒンドゥー教では『牛肉』は決して〈プロトタイプ〉にはなり得ません(ましてや『お肉』というカテゴリーにすら入らないかもしれません)。
面白いことに、日本国内でも『お肉』の〈プロトタイプ〉が異なるようです。というのも、関東で「肉じゃが」といった場合の「肉」は「豚肉」を指しますが、関西では「牛肉」が典型的なようです。(西村・野矢 2013: 79-80)
プロトタイプはどのように分かるのか?
あるカテゴリーにおいて、どのメンバ-がプロトタイプなのかを確認する方法として、「好例度評価」という実験があります。被験者に対して「鳥というカテゴリーに属するメンバーとしてどのくらい適しているか(好ましい例か)、1~10点で評価してください」という依頼のもと、様々な鳥のイラストを見せていく実験です。すると、ほとんどの被験者がスズメなどには10点満点を付けますが、ペンギンなどには1~2点を付けることが報告されています。そして、10点満点を獲得する「鳥のメンバー」こそが「鳥のカテゴリーにおけるプロトタイプ」だと認定されるのです。また、スズメとペンギンの点数が分散するという事実こそが、全てのメンバーの性質が均一であるとする〈古典的カテゴリー理論〉よりも、メンバーの性質の差異・揺らぎを容認する〈プロトタイプ理論〉が正しいことの裏付けにもなっています。
カテゴリー理論の変遷を詳しく知りたい方へ
最後に1点、応用編として他のカテゴリー理論をご紹介します。
カテゴリー理論のまとめ
ここまでお疲れさまでした。以上でカテゴリー理論の枠組みの説明は終了です。
今まで見てきた2つのカテゴリー理論をまとめておきましょう。



カテゴリー化と言語の関連性
さて、ここからは〈カテゴリー化〉と言語表現の関連性を扱っていきます。
今まで読んでいただいた方は次のような疑問を抱いているはずです。
その疑問が浮かぶのも当然です。
現段階では、カテゴリー理論や認知心理学の説明をしただけです。
しかし、今までのカテゴリー理論の話は言語学にも確実に応用されているのです。
その具体的な事例を3つ見ていきましょう。
① 言語表現の全てがカテゴリー化に基づいている
そもそも、人間の言語使用は〈カテゴリー化〉の能力のおかげだと言われています。
例えば、「あるモノA」を『犬』と呼ぶためには、その「あるモノA」が『犬』というカテゴリーに属していることを理解していなければならないからです。
つまり、外界のモノを言語を使って指し示す時、常にそこには〈カテゴリー化〉の能力が働いているのです。

② 多義語はプロトタイプから派生する
2つ目の例として、多義語とプロトタイプの関係性を見てみます。
例として「ところ」という多義語を考えてみましょう。

‣ 例文②→「時間的な範囲」
‣ 例文③→「精神的(知覚的)な範囲」
③ プロトタイプ理論が支える言語表現がある
最後の例として、〈プロトタイプ理論〉と日常で何気なく使う言語表現の関連性を詳しく取り上げてみたいと思います。
ここでも先ほどと同じ、
〈プロトタイプ理論〉は「理論そのもの」、〈プロトタイプ〉は「典型的なメンバー」を指している
という注意事項が当てはまるので、用語の区別にお気を付けください。
『カテゴリー化と日常的な表現の関連性』を示す最後の例として、
(1)〈プロトタイプ〉と言語表現
(2)〈理想例〉と言語表現
(3)〈ステレオタイプ〉と言語表現
これら3つを説明していきます。
(1)〈プロトタイプ〉と言語表現
例えば、
こんな発言の意味が通じるのは、私たちが〈プロトタイプ〉の存在を理解しているからなのです。
その発言を聞いた人は、
『鳥』というワードから、ペンギンやダチョウなどを思い浮かべることなく、スズメやハトなどの空を飛べる鳥を思い浮かべるはずです。
ペンギンやダチョウも同じく『鳥』というカテゴリーに属しているのに、なぜ『鳥』というワードからスズメなどを思い浮かべるのでしょうか?
それは、『鳥』というカテゴリーにおけるプロトタイプがスズメだからであり、私達が無意識にプロトタイプを想起するからです。

私たちの日常の言語表現と〈プロトタイプ〉という概念がリンクしているのを実感していただけたでしょうか?
(2)〈理想例〉と言語表現
次のような言葉を聞いたことはないでしょうか?
このような表現が用いられるのも、〈プロトタイプ理論〉が関係しています。
先ほどの『鳥になれたらいいのになぁ』の例は、〈プロトタイプ〉というメンバーが関係していましたが、〈プロトタイプ理論〉には、〈プロトタイプ〉以外のメンバーも存在します。
今回の『男らしくなりなさい』という表現には、〈理想例〉というメンバーが関係しています。
そのままの定義ですが、例えば、『天気』というカテゴリーでは、「晴れ」が理想的なメンバー、即ち〈理想例〉となります。
〈プロトタイプ〉と〈理想例〉は、一致することもあれば一致しないこともあります。例えば、「桜」は、『花』というカテゴリーにおける〈プロトタイプ〉であると同時に〈理想例〉でもあります。一方で、「面白くて分かりやすい授業」は、『授業』というカテゴリーにおける〈理想例〉ではありますが、(残念ながら)〈プロトタイプ〉ではありません(異議は認めます)。
さて今回の『男らしくなりなさい』という表現に話を戻しますが、このような表現があるのは、『男』というカテゴリーにおける〈理想例〉が存在するからです。
「男らしくなりたい」というキーワードでGoogle検索してみた結果、某ネット記事には、
- 勇敢でたくましい
- 決断力があり、頼もしい
- 筋肉質で健康的
などなど…
という内容が書かれていました。
この条件を満たすと、『男』というカテゴリーにおける〈理想例〉として晴れてめでたく認定されることになるのです(某ネット記事によれば)。
ここで重要なのは、
という点です。
当たり前のように聞こえますが、〈古典的カテゴリー理論〉を比較すると、この重要性に気付きます。
というのも、もし仮に、カテゴリー内におけるそれぞれのメンバーの性質の揺らぎを認めない〈古典的カテゴリー理論〉が正しいとしたら、このような表現は生まれてこないからです。
(3)〈ステレオタイプ〉と言語表現
〈プロトタイプ理論〉には、〈プロトタイプ〉や〈理想例〉の役割を果たすメンバーがいることを見てきましたが、最後にもう1つ〈ステレオタイプ〉というものをご紹介します。
例えば、
という表現は〈ステレオタイプ〉が関係しています。
というのも、実際には「遊んでばかりいる大学生」がいるのは事実ですが、「遊んでばかりいる大学生」は決して〈プロトタイプ〉ではないからです。
それにも拘わらず、「遊んでばかりいる大学生」があたかも『大学生』というカテゴリーにおける〈プロトタイプ〉だと誤って認識されてしまっているのです。
このように、実際にはプロトタイプではないがそうだと誤認されているメンバーのことを、〈ステレオタイプ〉と呼んでいます(またはその現象を指しています)。
そして、この〈ステレオタイプ〉という存在も、先ほどの〈理想例〉と同様に、『大学生』というカテゴリーに所属する「(メンバーとしての)大学生」が持っている性質の差異・揺らぎを容認する〈プロトタイプ理論〉が存在するからこそ、生み出されるのです。
“『男らしくなりなさい』という表現は、メンバーの性質の揺らぎを容認する〈プロトタイプ理論〉によって生み出され、そこには〈理想例〉という概念が関係している”
〈理想例〉と〈ステレオタイプ〉、そして…
おさらい
ここまで『カテゴリー化と言語表現の関連性』について、3つの事例を取り上げてきました。

読者の皆さんの頭の中で、〈カテゴリー化〉と言語がリンクしていれば幸いです。
全体のまとめ
認知言語学概論④はこれにて終了です。
〈カテゴリー化〉というトピックに焦点を当てて、そこから言語表現との関連性に迫ってみました。
1万字を超える非常に長い記事内容でしたが、最後まで読んでいただけて嬉しい限りです。
今回のポイントです。
- 〈古典的カテゴリー理論〉では、同じカテゴリーに所属するメンバーは、同じ性質を同じだけ共有していなければならない
- 〈プロトタイプ理論〉では、同じカテゴリーに所属するメンバーは、それぞれ異なる性質を持っていることを容認されている
- カテゴリー化と言語表現は密接にリンクしている
当サイトでは〈認知言語学〉に特化した記事を作成しています。
参考資料
今回の記事を作成するうえで参考にした資料をご紹介します。
- Aitchison, J. (2004). Words in the Mind: An Introduction to the MentalLexicon. 4rd ed. Oxford, UK. Basil Blackwell Publishers.
- Saeed, J. I. (2009) Semantics (3rd edition). Wiley-Blackwell.
- 西村正樹・野矢茂樹 (2013)『言語学の教室』中公新書
- 加藤重広 (2019)『言語学講義 -その起源と未来』筑摩書房
- 李在鎬 (2010) 『認知言語学への誘い -意味と文法の世界-』開拓社
- 籾山洋介 (2010)『認知言語学入門』研究社
- 今井むつみ (2010)『ことばと思考』岩波書店
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今回もご覧いただきありがとうございました。
また次の記事でお会いしましょう。
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