✔この記事の要点
この記事では、〈音声学〉という言語学の分野をわかりやすく解説します。
早速ですが、「音声学の全体像」をイラストにしてみました。
今回はこのイラストをもとに、〈音声学〉に関して次のようなトピックを見ていきたいと思います。
- 音声学の定義
- 音声学の種類
- 言語学における音声学の位置付け
- 音声学の歴史
- 音声学と音韻論の違い
ぜひ最後までご覧いただき、音声学のイメージを掴んでいただけたら幸いです。
音声学の記事紹介
当サイトでは、音声学についての記事を合計で10本制作しています。これら9本を読んでいただけたら、音声学の理解は深まるはずです。
- 【音声学Ⅰ】音声学とは何か?定義/種類/音韻論との違いをわかりやすく解説
- 【音声学Ⅱ】声道・調音器官の場所と名称
- 【音声学Ⅲ】言語音の分類・種類・特徴(超分節音/分節音/母音/子音/半母音)
- 【音声学Ⅳ】IPA(国際音声記号)の概要と利点
- 【音声学Ⅴ】母音の全体像 (分類・種類・チャート・調音記述・IPA記述・具体例)
- 【音声学Ⅵ】子音の全体像 (分類・種類・チャート・調音記述・IPA記述・具体例)
- 【音声学Ⅶ】半母音(w/j)の定義・特徴・具体例
- 【音声学Ⅷ】音声学における音の変化(帯気音化・母音鼻音化・長母音化)
- 【音声学Ⅸ】超分節的特徴の定義と具体例をわかりやすく説明
どの記事も具体例とイラストを豊富に使いわかりやすく解説しています。
この記事は最初の【音声学Ⅰ】にあたります。
音声学(Phonetics)とはどんな学問か?
音声学は、人間の言語の(物理的な)音に注目します。
つまり音声学の定義は、人間の言語に使われている音がどのように作られ、どのように空気中を伝播し、どのようにして聞き取られ理解されるのか、を研究する学問です。
このように、音声学とは総じて「言語の音」に注目する分野です。
言語学における音声学の位置付け
「言語の音」を扱う音声学ですが、ここで言語学全体における音声学の立ち位置を確認しておきましょう。
言語には、「音」「構造」「意味」の3つの側面がありますが、音声学は、その名の通り「音」に注目します。
音声学の歴史
言語学全体の話題に関連して、言語学史における音声学の歴史についても触れておきます。言語学史にも興味がある方はぜひご覧ください。
音声学という分野は、極めて長い歴史を持っています。そして言語学史において、最も早くに誕生し学問として確立することに成功したのが〈音声学〉です。「言語学の始まりは音声学」にあると言っても決して大げさな表現ではないでしょう。(ちなみに最も邪魔者扱いされて学問として確立するのが遅かったのは〈意味論〉だと言われています)
音声学が言語学史の中で早期に確立された理由として、今回は以下の2点を取り上げます。
1. 音が最も具体的で記述しやすいから
【言語学Ⅰ】言語学とはどんな学問か?定義と諸概念でも述べた通り、言語学は人間言語に関する事実をありのままに「記述する」ことを目標としています(そのために言語学は〈記述文法〉を扱います) 。
まだよく分かっていない言語を解明しようとしたとき、真っ先に注目するのは、その言語の「音」です。なぜなら、言語音は、物理的に観測でき、最も具体的なレベルであり、最も記述しやすい対象だからです。
その一方で、例えば「意味」はどうでしょうか?意味はどこにあるのかよく分からないうえに、人によって異なるイメージを持ち、非常にフワフワした概念です。
このような「対象としての記述のしやすさ」という観点から見てみると、「そこにある」といえる言語の音が真っ先に研究の対象になり、音声学が早い時期から発達していったのも当然だと言えるでしょう。
2. 比較言語学の成果
2つ目の理由は、〈比較言語学〉との関係にあります。
比較言語学とは、簡単に言うと「言語の家系図」を扱う分野です。そして、この〈比較言語学〉は、数ある(外的)言語学の中で最も早い時期(18世紀)に誕生し、その時期において「言語学=比較言語学」くらいの勢いがあった学問でした。
さてそんな〈比較言語学〉の最大の目的は、「複数の言語に共通する祖先や歴史的親縁関係を突き止めること」でした。そしてそのための手段として選ばれたのが「音の類似性」だったのです。そのため、比較言語学が発展するにつれ、音声学や音韻論も同時に確立されていったのです。
つまり、〈比較言語学〉という大物スターが「音の類似性」を歌ったら爆発的にヒットした、みたいなノリです。
音声学の種類
さてそんな〈音声学〉ですが、3つの種類に分類されることが一般的です。
音声学の種類
- 調音音声学 (Articulatory Phonetics)
➤どうやって音を「作るか」 - 音響音声学 (Acoustic Phonetics)
➤どうやって音が「伝わるか」 - 聴覚音声学 (Auditory Phonetics)
➤どうやって音が「理解されるか」
これをシンプルにまとめたものが、最初にお見せしたイラストです。
ここで、人間の音声に基づくコミュニケーションの過程を考えてみると、
- 話し手が意図する内容に対応する音声を発する
- その音声が空気中を伝わり、聞き手の耳まで届く
- 聞き手が音声を知覚して内容を理解する
このような3つのステップがあるわけです。
そして〈音声学〉は、この3つのステップに注目し、主に3種類の音声学がそれぞれのステップを研究します。
すなわち、話し手がどうやって音声を発するかを研究する〈調音音声学〉、音声が空気中を伝播する物理的性質を解明する〈音響音声学〉、聞き手が音声をどう知覚するか究明する〈聴覚音声学〉です。
ここからは、それぞれの種類について見ていきたいと思います。
調音音声学 (Articulatory Phonetics)
まずは〈調音音声学〉から見ていきましょう。
〈調音音声学〉は、調音(音の作り方)に注目する音声学です。
主に、「調音点(place of articulation)」と「調音法(manner of articulation)」に注目します。
「調音音声学のお決まり」と言って良いのが、下のような絵です。
このような人間の調音器官のどこでそれぞれの音がどのように作られているのか?というトピックを〈調音音声学〉は扱います。
更には下記のような「IPAチャート」と呼ばれる図表も登場します。
音響音声学 (Acoustic Phonetics)
2つ目の音声学が、〈音響音声学〉です。
〈音響音声学〉は、人間の調音器官の肉体的動きが、どのような波動をもった音になり、空気中を伝播していくかを研究する音声学です。すなわち、物理現象としての音声の性質を探る分野です。
ここから見て取れるように、〈音響音声学〉は、言語音の波形や周波数を扱うため、物理学などと密接に関係しています(物理や数学の知識が必須です)。また、〈音響音声学〉は研究のために機器が必須であるため、技術が発達した20世紀半ばから急速に発達したと言われています。
聴覚音声学 (Auditory Phonetics)
3つ目は、〈聴覚音声学〉です。
〈聴覚音声学〉は、音波を聞き手がどのようにして聞き手に理解・解釈されるかを研究する分野です。
「音声学」と聞くと、てっきり「音の出し方」というアウトプットのイメージを持ちやすいですが、実は「音の理解の仕方」というインプットの側面も持っています。
音声学と音韻論の違いについて
ここで、もう一度言語学の全体像を表すイラストをご覧ください。
注目したいのは、「音」に関する部門の中に〈音声学〉と〈音韻論〉という2つの分野が存在していることです。
最後に、この2つの分野の違いについて見ていきます。
両者の線引きは非常に難しい
最初にお伝えしておきたいことは、音声学と音韻論は相互排他的というわけではありません。全く繋がりが無いということもなく、両者で共有したり重複するようなこともよくあります。
それを踏まえて、音声学と音韻論の違いを2点上げていきます。
違い1. アプローチの違い
音声学も音韻論も「音を対象にする」という点では同じですが、そのアプローチが異なります。
音声学では、言語音に対して他の分野の学問を取り入れる姿勢があります。例えば、調音音声学では解剖学や医学、音響音声学では物理学や数学があってこそ成立している分野です。言語学自体が学際的な学問ですが、その中でも音声学は他の学問・分野との繋がりが強いと言えるでしょう。
その一方で音韻論は、他の学問との関わりはそこまで強くはありません。その言語における音の体系(システム)を記述するために、音韻論は他分野から手を借りることはほとんど無いと言ってもよいでしょう。
違い2. 学問体系の違い
2つ目の違いは、音声学と音韻論が成している学問体系の違いです。
音声学は、〈調音音声学〉〈音響音声学〉〈聴覚音声学〉の3種類の分類を説明したように、それぞれの下位分野を区別して、それぞれの役割や対象を区別する傾向があります(全く関係性が無いわけではありません。互いに重なる部分や支えある部分も存在します)。
反対に音韻論では、その研究対象である〈音素〉に関して様々な着眼点があるものの、明確な下位分野が存在しているわけではありません。複数の着眼点を1つのボックスの中に入れたまま、音韻論は音の分析を行います。
音声学と音韻論の違い
- アプローチ違い
音声学は他学問のアプローチを借りて成立しているが、音韻論は比較的に独立している - 学問体系の違い
音声学はトピックに応じて下位分野を明確にするが、音韻論は複数のトピックをまとめている
音声学の記事一覧
最後に、もう一度音声学の記事一覧を載せておきます。
- 【音声学Ⅰ】音声学とは何か?定義/種類/音韻論との違いをわかりやすく解説
- 【音声学Ⅱ】声道・調音器官の場所と名称
- 【音声学Ⅲ】言語音の分類・種類・特徴(超分節音/分節音/母音/子音/半母音)
- 【音声学Ⅳ】IPA(国際音声記号)の概要と利点
- 【音声学Ⅴ】母音の全体像 (分類・種類・チャート・調音記述・IPA記述・具体例)
- 【音声学Ⅵ】子音の全体像 (分類・種類・チャート・調音記述・IPA記述・具体例)
- 【音声学Ⅶ】半母音(w/j)の定義・特徴・具体例
- 【音声学Ⅷ】音声学における音の変化(帯気音化・母音鼻音化・長母音化)
- 【音声学Ⅸ】超分節的特徴の定義と具体例をわかりやすく説明
興味を持たれた記事をぜひご覧ください。
全体のまとめ
今回は、〈音声学〉の定義と種類、そして音韻論との違いについて見てきました。
- 音声学とは、人間の言語に使われている音がどのように作られ、どのように空気中を伝播し、どのようにして聞き取られ理解されるのか、を研究する言語学の分野
- 音声学には、調音音声学、音響音声学、聴覚音声学の3種類がある
調音音声学
➤「音の作られ方」を扱う(調音点/調音法)
音響音声学
➤「音の伝わり方」を扱う(物理現象としての音)
聴覚音声学
➤「音の理解のされ方」を扱う(聞き手サイド) - 音声学と音韻論の線引きは難しいが、「アプローチ」と「学問体系」において相違点を見つけることができる
音声学の他の記事を読む
音声学の投稿一覧へ
コメント