言語学

【生成文法】痕跡(trace)の具体例と妥当性について例文でわかりやすく解説

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この記事では、生成文法において仮定されている〈痕跡〉という概念を取り上げます。

〈痕跡〉は、(初期生成文法において)移動規則と密接に絡んでいる概念です。

痕跡は私達の目にも見えないし耳にも聞こえないものなのですが、生成文法では「そこにある」とされています。「見えないけどそこにある」という生成文法らしい概念の代表例である〈痕跡〉について、定義や具体例、その妥当性などを分かりやすく解説していきます。

具体例な内容は次の通りです。

今回の内容

  • 痕跡の定義世界の言語の語順
  • 痕跡の具体例日本語の語順の特徴
  • 痕跡を仮定する妥当性

この記事を通して〈痕跡〉の理解を深めていただけますと幸いです。

今回のテーマ生成文法における痕跡について
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生成文法における痕跡(trace)の定義

まずは〈痕跡〉の定義を確認しましょう。

痕跡こんせきtrace生成文法初期生成文法では、ある構成素(名詞句とか)が移動規則によって他の位置に移動されるとき、その移動する構成素は元の位置に痕跡を残すと考えられる。またその痕跡はtraceの頭文字をとって「tで表される。

これが〈痕跡〉の辞書的な定義です。

分かりやすい表現をすると、「何かが移動すると、その元の場所に目には見えない落とし物をする」といった感じです。

この定義やイメージを踏まえて、痕跡の具体例を見てみましょう。

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樹形図の中の痕跡(trace)の具体例

ここからは〈痕跡〉の具体例を見ていきます。

〈痕跡〉はある構成素(名詞句とか)が移動規則によって移動されたときの落とし物です。すなわち、〈痕跡〉は〈移動規則〉と表裏一体なわけです。

今回は、〈移動規則〉の中でも有名な〈wh移動〉を具体例にあげてみます。

wh移動whいどうwh-movement生成文法wh疑問文を作るときは、wh句を(最も近くの)COMPの位地へ移動させる規則。

例えば、下記の文でwh疑問文を作りたいとします。

wh疑問文のもとJohn will eat apples.

この文の場合、wh要素となりうるNP(名詞句)はJohnとapplesの2つありますが、今回はapplesの方をwh要素にしてwh疑問文を作ることにしましょう。

すると、applesがwh句であるwhatになります。

applesがwhatになるJohn will eat what.

そして、これにwh疑問文を作成するために、①主語・助動詞倒置と②wh移動規則が適用され、下記のwh疑問文が生成されます。

①の移動規則である〈主語・助動詞倒置〉は、wh疑問文に限らず疑問文を作るために必要な規則で、簡単に言うと助動詞(AUX)と主語の名詞句(NP)の順番を入れ替える変換規則です。
wh疑問文What will John eat?

ここで、wh移動によって移動されたwhatに注目しましょう。文末から文頭まで移動していることがわかります。

whatに注目John will eat what.

What will John eat _?

この移動されたwhatは、生成文法によると元いた位置(文末)に落とし物を残すはずです。それが〈痕跡〉です。

痕跡wh移動規則によって移動されたwhatは元いた位置に痕跡tを残します。

このように、生成文法では、移動規則によって移動した構成素は元いた位置に〈痕跡〉を残すと考えます。

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痕跡(trace)を仮定する妥当性

ここまで〈痕跡〉の定義や具体例を見てきたみなさんは、心の中で「いや、痕跡なんて見えないじゃん!」と思われるかもしれません。

実際に生成文法が立ち上がった当初は、こうした目に見えない(観察できない)ものを科学研究の対象にすることに対して批判が殺到しました。

生成文法に対して向けられたこのような批判は主に〈行動主義〉と呼ばれる「研究対象になるのはこの目で観察できるものだけだ」という考え方に由来していました。それに対して、生成文法は「目に見えないものでも研究対象になる」という〈内在主義〉を掲げていました。こうした生成文法以前の言語学と生成文法の対比は、科学哲学や科学方法論としても非常に興味深いものがあります。

しかし、目に見えないものを想定するのが生成文法の特徴ですし、目に見えないものを想定して研究する妥当性や意義を生成文法はこれまで示してきたのです(アンチ生成文法を納得できたかはせておき…)。

この記事では、「目に見えないもの」の代表例である〈痕跡〉を想定する妥当性の1つをご紹介したいと思います。

wanna縮約(wanna-construction)

「何かが移動すると、元の場所に見えない落とし物をする」という〈痕跡〉を支持する根拠の1つが〈wanna縮約〉と呼ばれるものです。

wanna縮約

  1. I want to eat apples.
  2. I wanna eat apples.

このように、want + toがwannaという形になることを〈wanna縮約〉と言います。

wanna縮約が可能なのは、wantとtoが連続している必要があります。その証拠に下記の(b)ではwanna縮約はできません。

wanna縮約ができない

  1. I want John to eat apples.
  2. *I wanna John eat apples. (wantとtoが連続していないから)

(b)でwanna縮約できない理由は、wantとtoの間にJohnという目的格が挟まっているからです。

したがって、上記の例文から、形式的にwantとtoが連続していたらwanna縮約できそうに思えます。

しかし、実際は違います。wantとtoが連続していてもwanna縮約ができない(容認されない)場合が存在します。

下記の(a)では見かけ上ではwant+toと連続していますが、そのwanna縮約である(b)は容認されません。

want+toなのに縮約できない

  1. Who do you want to eat apples.
    「あなたは誰にリンゴを食べてほしい?」
  2. *Who do you wanna eat apples.

なぜこのようなことが起こるのでしょうか?

それは、wantとtoの間に「見えない何か」が挟まっていて、実際にはwantとtoが連続していないからです。その「見えない何か」というのが〈痕跡〉です。

want+toなのに縮約できない

  1. Who do you want t(痕跡) to eat apples.
    「あなたは誰にリンゴを食べてほしい?」
  2. *Who do you wanna eat apples. (wantとtoの間に痕跡tがあるから)

つまり、文頭のwh句であるwhoはもともとI want John to eat apples.のJohnの位置にいて、それが文頭に移動されたわけですから、もともといた位置に痕跡を残していると考えられるわけです。

したがって、wantとtoの間に痕跡が残っているのでwanna縮約はできないということです。

以上のように見かけ上ではwantとtoが連続していてもwanna縮約が容認されない場合を見てみると、見えない〈痕跡〉を想定する妥当性がお分かりいただけると思います。

〈痕跡〉を想定する妥当性はもちろん他にもあるのですが、今回は一番カンタンで伝統的な事例をご紹介しました。

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今回のまとめ

痕跡こんせきtrace生成文法初期生成文法では、ある構成素(名詞句とか)が移動規則によって他の位置に移動されるとき、その移動する構成素は元の位置に痕跡を残すと考えられる。またその痕跡はtraceの頭文字をとって「tで表される。

wh疑問文で用いられる〈wh移動規則〉の中で〈痕跡〉を確認してみました。wh要素であるwhatが文頭に移動されたあと、もとにいたNPの位置に痕跡tが残ります。

痕跡wh移動規則によって移動されたwhatは元いた位置に痕跡tを残します。

見えない〈痕跡〉を仮定する根拠の1つとして、〈wanna縮約〉をご紹介しました。

want+toなのに縮約できない

  1. Who do you want to eat apples.
    「あなたは誰にリンゴを食べてほしい?」
  2. *Who do you wanna eat apples.

 

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