【音声学Ⅳ】IPA(国際音声記号)の概要と利点をわかりやすく具体例で解説

言語学
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この『音声学Ⅳ』では、IPA(国際音声記号)について取り上げます。

〈IPA〉とは、調音音声学において、必要不可欠な「記号」です。音声学を勉強するなら必ず下のようなIPAチャートを目にすることでしょう。

IPAチャート一覧表出典:国際音声学会 (International Phonetic Association); Masaki Taniguchi

最初は意味不明な記号に見えますが、実はIPAというのは非常に合理的に考えられているのです。

この記事では、音声学において重要な意義を持つ〈IPA〉の概要を見ていきます。

IPA(国際音声記号)とはなにか?
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既にIPAを知っている方はこちらの記事へ!

当記事は「IPAとは何か?」というお題を扱っているので、実際に母音や子音のIPAチャートを見ることはありません。

既にIPAの意味や役割を知っていて、調音音声学のIPAチャートを知りたくて足を運んでくださった方は下記の記事が参考になると思います。

関連記事

【音声学Ⅴ】母音の全体像 (分類・種類・チャート・調音記述・IPA記述・具体例)

【音声学Ⅵ】子音の全体像 (分類・種類・チャート・調音記述・IPA記述・具体例)

この記事の最後にも上記の2つのリンクを再掲しておくので、「後で読みたい!」という方も安心して当記事を進んでください。

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【基礎知識】音声学(Phonetics)とはどんな学問か?

本題に入る前に、そもそも音声学とはどんな学問か?ということに触れておきます。

音声学は、言語学の1つの分野であり、人間の言語の(物理的な)音に注目します。また、以下のように3種類の音声学が代表的です。

音声学の定義は「言語音がどうやって作られ、空気中を伝わり、耳で理解されるか」です。」

つまり音声学の定義は、人間の言語に使われている音が「どのように作られ」、「どのように空気中を伝播し」、「どのようにして聞き取られ理解されるのか」、を研究する学問です。

言語学における音声学の位置付け

ここで言語学全体における音声学の立ち位置を確認しておきましょう。

言語学の分類・種類「音声学・音韻論・形態論・統辞論・意味論・語用論」

言語には、「音」「構造」「意味」の3つの側面がありますが、音声学は、名前の通り言語の「音」に注目します。

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言語学の研究対象は「音」にある

そんな言語学ですが、大前提として、言語学という学問は「言語の音」に最大の関心を向けます。

大雑把に言うと言語には「話し言葉」と「書き言葉」がありますが、主要な研究対象は前者の「話し言葉」であり、言語学は常に「音」から始まります。

というのも、言語学は「言語を記述する」ことが目的であり、研究者にとって最も観察・記述しやすい対象は「言語の音」だからです。

言語の「意味」より「音」の方が観察しやすく、より客観的・具体的な対象です。実際に、言語学の歴史でも音声学が最も初期に確立され、意味を扱う「意味論」の研究が進むのには多大な時間が必要でした。

詳しくはこちら
➤➤【言語学Ⅰ】言語学とはどんな学問か?定義と諸概念

そんなわけで、言語学にとって音の扱い方は非常に重要なのです。

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言語の音を記述する時の問題点

さて、例えば英語という言語をターゲットにして、実際に音を観察し、記述しようとしましょう。

この時、2つの問題点が出てきます。

問題点

  1. 同じアルファベット*が複数の異なる言語音を表す
  2. アルファベットの数と言語音の数が一致しない
「アルファベット」と書いてありますが、言うまでもなく全ての言語がアルファベットを採用している訳ではありません。当記事では、現代アメリカ英語を対象にして話を進めていきます。

これらの2つの問題点を1つずつ簡単に見ていきます。

問題点1
同じアルファベットが複数の異なる言語音を表す

現代アメリカ英語では、同じアルファベットでも、単語によって発音が異なるケースがあります。IPAの詳しい説明は後述しますが、現段階では「IPAが異なれば発音も異なる」とお考えください。

ケース1

次の4つの英単語におけるcの発音は全て異なります。

英単語発音(IPA)
cake[keɪk]
century[sɛnʧʊrif]
ocean[əʊʃən]
cello[ʧɛləʊ]
ケース2

次の5つの英単語におけるoughの発音は全て異なります。

英単語発音(IPA)
cough[kɒf]
tough[tʌf]
bough[b]
through[θruː]
though[ðəʊ]

問題点2
言語音(≒分節音)の数とアルファベットの数が一致しない

現代アメリカ英語では、言語音の数とアルファベットの数は必ずしも同じではありません。すなわち、1つの言語音が2つ以上のアルファベットによって記されるケースが存在します。

単語アルファベットの数IPA (IPAシンボルの数)分節音の数
cat3 (c/a/t)[kæt] (3)3
knot4[nɑt] (3)3
book4[bʊk] (3)3
knock5[nɑk] (3)3
through7[θɹu] (3)3

音を記述しようとする時の問題点のまとめ

(IPAを用いない)従来の方法で言語音を記述しようとするときの問題点をまとめます。

  1. 同じアルファベット*が複数の異なる言語音を表す
  2. アルファベットの数と言語音の数が一致しない

この2つの問題点は次のように言い換えることができます。

記号(アルファベット)と言語音が完璧な1対1で対応していない

このような背景を踏まえて、より合理的かつ体系的な音声記号が必要となってきます。

こうして考案されたのが、IPA(国際音声記号)なのです。

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IPA(国際音声記号)の基本情報

本題までの前振りが長くなりましたが、ここから〈IPA〉について見ていきます。

IPAとは、International Phonetic Alphabet の頭文字を取ったもので、「国際音声記号」や「国際音声字母」と訳されます。

IPAは、あらゆる言語の音声を文字で表記すべく発案された音声記号です。

先程の「言語の音を記述する時の問題点」を思い出してみてください。一般的な英語の綴り字と音声は、完璧な1対1で対応していません。

国際音声学協会(International Phonetic Association)が1888年に発表して以来、以後改訂を繰り返してきました。

度重なる改訂を経て、当記事執筆時点で最新の2020年改訂版は下記の通りに発表されています。

IPAチャート一覧表

アルファベットに似たような記号もあれば、はじめましての意味不明な記号もあるかと思います。

それぞれのIPAやチャートの見方は別記事で詳しく取り上げますが、ここで改めて頭に留めておいて頂きたいことは、

上記のIPAを用いて世界中のあらゆる言語音を記述することができる

ということです。

このIPAチャートを探検キットの中に入れていけば、世界のどこに行ってもとりあえず言語音の分類・記述に困ることはありません(正確な聴力と協力的な住民は必須ですが…)。

とにかく、IPAは英語や日本語に限らず、あらゆる言語音を対象とした音声記号だということです。

補足説明

IPAは、全世界の言語を記述対象とした音声記号ですが、同じIPA記号で表される言語音であっても、言語によって調音位置などが異なる場合があります。例えば、英語における[i]とセイリッシュ語における[i]が調音される位置は異なることが知られています。が、話がややこしくなるのでそんなこともあるんだな程度の話として流してもらって構いません。
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IPAの最大の利点は「1対1対応」

あらゆる言語音を記述することを目的として考案されたIPAですが、IPAが持つ最大の強みは「1対1対応」です。

IPAにおいて、次のことが成立します。

1つの言語音はたった1つのIPAシンボルによって記され、1つのIPAシンボルはたった1つの言語音を記す

このおかげで先に見た「言語の音を記述する時の問題点」を解決することができます。

従来の問題点

  1. 同じアルファベット*が複数の異なる言語音を表す
  2. アルファベットの数と言語音の数が一致しない

具体例をもう一度確認したい場合はボタンをクリックしてください。

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ケース1

次の4つの英単語におけるcの発音は全て異なります。

英単語発音(IPA)
cake[keɪk]
century[sɛnʧʊrif]
ocean[əʊʃən]
cello[ʧɛləʊ]
ケース2

次の5つの英単語におけるoughの発音は全て異なります。

英単語発音(IPA)
cough[kɒf]
tough[tʌf]
bough[b]
through[θruː]
though[ðəʊ]

以上に見たようなIPAの「1対1対応」のおかげで、精密かつ体系的に言語音を記述することが可能になったのです。

比較言語学におけるIPAの有用性

IPAは〈比較(歴史)言語学〉という言語学でも重宝されています。比較言語学とは、簡単に言うと「複数の言語を歴史的類縁性に基づいて分類し、共通する先祖を特定する言語学」ですが、「歴史的に関わりがある」という判断の基準は基本単語の音に依存しています。音における類似性の分析の際、IPAを用いると、個々の言語の文字体系における恣意的な特徴を気にすることなく音の比較が可能になります。このように、IPAは純粋な音声学だけに留まらず、他の言語学の分野でも有用性を持つ記号とされています。
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IPAを用いた記述の具体例

よりIPAを身近に感じていただくために、IPAを実際に使った記述を見てみましょう。

英単語IPA
thick[θɪk]
dip[dip]
button[bʌtn̩]
fate[feɪt]
let[lɛt]
hat[hæt]
judge[ʤʌʤ]
doctor[dɑktɹ]
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IPAを用いた記述方法「簡略表記と精密表記」

IPAを用いた記述を見ましたが、実はその記述方法は2種類存在します。

IPAの記述方法◆簡略表記 (broad description)
◆精密表記 (narrow description)

この2つを区別して語るには〈音声学〉に加えて〈音韻論〉のトピックも必要となってくるのですが、ここでは知識として覚えておくために説明を載せておきます。

簡略表記 (broad description)

IPAシンボルを「/  /」(スラッシュ)で挟んで表記します。

簡略表記は、〈音韻論〉における〈音素〉と〈異音〉という考え方に基づいています。なので音声学(特に調音音声学)では見かけることは少ないはずです。

そんな簡略表記においては、言語上同じ〈音素〉とみなされる時は発音が近似する記号で統一して表記するため、〈異音〉はIPAによって区別されることはありません。すなわち、1つの〈音素〉と1つのIPAシンボルが対応関係にあります。

精密表記 (narrow description)

IPAシンボルを「[  ]」(角括弧:スクエアブラケット)で挟んで表記します。

精密表記は、〈音声学〉(厳密には〈調音音声学〉)に基づいています。

精密表記では、調音音声学における調音方法(どの場所でどのように音をつくるか)に基づいて記述されます。すなわち調音方法という物理的な基準で区別された言語音を対象として、1つの言語音が1つのIPAによって表記されます。

一般的に音声学の教科書などには〈精密表記〉が記載されている場合が多い気がします。

簡略表記と精密表記の違い

IPAの記述方法◆簡略表記 (broad description)
「/  /」(スラッシュ)を用いて、1つの〈音素〉が1つのIPAシンボルによって表記される
◆精密表記 (narrow description)
「[  ]」(角括弧)を用いて、調音方法によって区別された1つの言語音が1つのIPAシンボルによって表記される
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【注意】IPAは漢字の「読み仮名」とは違う

とあるサイト上で「IPAは日本語における”読み仮名”である」という説明を見かけたことがありますが、実際にはそれは間違いです。

「IPA=読み仮名」という正しくない説明をしているサイトでは、次のような話が登場していました。

「贔屓」という漢字の読み方が分からなくても、「贔屓ひいき」という「よみがな」があれば漢字をどう発音すればいいかがわかる。IPAとは、英語における「漢字のよみがな」である。

この説明は一見正しいように思えますが、以下の点で間違いです。

1つの平仮名は、1つの言語音に完璧に対応していない

つまり、平仮名1つで1つ以上の種類の言語音を表しています。

下記の表において、平仮名の「」は音声学においては全て異なる言語音として区別されます。

単語IPA言語音の名称
本(ほ)[hoɴ]口蓋垂鼻音
本物(ほもの)[hommono]両唇鼻音
貫通(かつう)[kantsɯː]両茎鼻音
参入(さにゅう)[saɲɲɯː]硬口蓋鼻音
満開(まかい)[maŋkai]軟口蓋鼻音
パン屋(ぱや)[paĩja]鼻母音

実際に発音しながら違いを意識してみると、微かながら発音方法(空気がどこから出るかなど)に違いがあることが実感できると思います。

上記の表から、日本語の読み仮名の役割をする平仮名は、たった1つの言語音と対応関係にはないことから、「IPA=読み仮名」という説明が間違っていると言えます。

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IPAの応用編に進もう

IPAの全体像の説明は以上となります。

今回の話を踏まえて、英語の母音や子音のIPAについてもっと知りたい方は次の2つの記事に進んでください。

関連記事

【音声学Ⅴ】母音の全体像 (分類・種類・チャート・調音記述・IPA記述・具体例)

【音声学Ⅵ】子音の全体像 (分類・種類・チャート・調音記述・IPA記述・具体例)

こちらの2つの記事でも図解や具体例を豊富に使ってわかりやすく解説しています。

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全体のまとめ

今回は、音声学において重要な役割をもつIPA(国際音声記号)について見てきました。

IPAとは、International Phonetic Alphabet の頭文字を取ったもので、「国際音声記号」や「国際音声字母」と訳されます。

IPAは、国際音声学協会(International Phonetic Association)によって、あらゆる言語の音声を文字で表記すべく発案された音声記号であり、1888年の発表以来以後改訂を繰り返してきました。

今回のポイントです。

  • IPAは、あらゆる言語音を対象とした音声記号である
  • IPAの最大の利点は、「1対1対応」である(1つの言語音はたった1つのIPAシンボルによって記され、1つのIPAシンボルはたった1つの言語音を記す)
  • IPAを用いた表記方法は2種類ある
    ◆簡略表記 (broad description)
    「/  /」(スラッシュ)を用いて、1つの〈音素〉が1つのIPAシンボルによって表記される
    ◆精密表記 (narrow description)
    「[  ]」(角括弧)を用いて、調音方法によって区別された1つの言語音が1つのIPAシンボルによって表記される
関連記事

【音声学Ⅴ】母音の全体像 (分類・種類・チャート・調音記述・IPA記述・具体例)

【音声学Ⅵ】子音の全体像 (分類・種類・チャート・調音記述・IPA記述・具体例)

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英文法のスパイス

コメント

  1. Mikio Shiroma より:

    I just wanted to know how many languages are reported to be described in International Phonetic Alphabet right now?