【意味論⑥】合成性の原理(構成性原理)とその問題点

合成性の原理 サムネイル画像 言語学
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この『意味論⑥』では、〈合成性の原理〉(Principle of Compositionality) について扱います。

〈合成性の原理〉は意味論を語る上では必ず登場する重要なトピックです。

  • 合成性の原理とはなにか?
  • 合成性の原理の意義
  • 合成性の原理と統辞論(syntax)の関係性
  • 合成性の原理とイディオムの関係性
  • 合成性の原理が直面する問題点

このような〈合成性の原理〉についてのトピックをわかりやすく説明していきます。

合成性の原理とその問題点について
〈構成性(の)原理〉や〈フレーゲの原理〉などと呼ばれることもありますが、当記事では〈合成性の原理〉という用語を使用することにします。
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合成性の原理 (構成性の原理)
(The principle of compositionality)

合成性の原理複合表現の意味は、「部分的な要素の意味」と「その要素の一定の合成手順」によって決定する

ここでいう「複合表現」というのは「文」や「句」などのことです。

合成性の原理の具体例

次のような「文」を具体例にして考えてみましょう。

John ate the apples.

この「文」に対して〈合成性の原理〉では、

“John ate the apples” という文の意味は、[John] [ate] [the] [apples] という要素(単語)の一定の合成手順に従った意味の総和である

と考えます。

「一定の合成手順」とは?

ここでもう一度〈合成性の原理〉の定義をご覧ください。

合成性の原理複合表現の意味は、「部分的な要素の意味」と「その要素の一定の合成手順」によって決定する

この定義における「部分的な要素の意味」というのは「単語の意味」とほぼ同じなので問題ないと思います。

それでは、先ほどの定義や具体例でも書かれていた「一定の合成手順」とはどういう意味でしょうか?

〈合成性の原理〉では、シンプルに言えば「複合表現の全体の意味は、部分的な要素の意味の総和」であると考えますが、ただ適当に足し算すればよいわけではありません。

わかりやすく数式で考えてみる

例えば、次のような数式があったとします。

合成性の原理では、合成の手順が重要である

この数式の値を求めようとする時、その計算手順がバラバラだとどうなってしまうでしょうか?

合成性の原理では、合成の手順が異なると全体の意味の総和も異なってしまう

このように、どこから計算するかの手順が異なると、計算結果の値(全体の結果)も異なってしまいます。

つまり、「一定の手順」を設ける必要性が分かります。

今の考え方を言語に当てはめる

それでは、〈合成性の原理〉における「一定の手順」とはどのようなものでしょうか?

それは、〈統辞論〉(統語論)(syntax)に基づきます。

当記事は〈統辞論〉についての記事ではないので詳細は割愛しますが、大雑把に示すと以下のようになります。

意味論の合成性の原理では、その合成の手順は統辞論の句構造に基づいている

このように見てくると、便宜的には区別されている〈意味論〉と〈統辞論〉ですが、実は両者は密接に関係していることが分かります。

しかし実際には、〈意味論〉と〈統辞論〉の関係性はそこまで単純ではありません。特に言語の意味(意味の生成するのはどの部門か?)をめぐっては〈意味論〉と〈統辞論〉では言語論争が起きた過去があり、現在でも様々な立場が存在します。

合成性の原理には「強い主張」と「弱い主張」がある

〈合成性の原理〉の定義と具体例は以上の通りですが、厳密には「強い主張」「弱い主張」の2つが存在します。

強い主張複合表現の意味は、「部分的な要素の意味」と「その要素の合成の手順」によって完全に決定する
弱い主張合成性の原理は部分的にしか成立しない(=合成性の原理が成立しない例外もある)

この〈合成性の原理〉を2つに区別する意味については、『慣用句(Idiom)』の章で再度取り上げます。

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合成性の原理の意義・目的

次に『なぜ合成性の原理という考え方が提唱されたのか?』という問いを考えてみたいと思います。

そこには〈言語の生産性〉というテーマが絡んできます。

言語の生産性 (language productivity)

私たち人間は、今まで見聞きしたこともない全く新しい文を創造することができます。

そして同時に、今まで一度もこの言語表現を使ったり見聞きしたこともないのに、その意味が分かるという事実も存在します。

例えば、「赤いズボンを履いたピンクのゴリラが青いリンゴを食べた」という奇妙な文を私は今まで一度も見聞きしたことがありませんが、今こうして書いています。そして読者の皆さんもこの文が言わんとすること、つまり文の意味を理解できているはずです(読者の皆さんが今までこの文に出会ったことがないのにです)。

つまり、私たちは、初見の言語表現(句・文)を容易く生産することができ、そしてその意味を知ることができるのです。これが〈言語の生産性〉に関する側面です。

初見の言語表現を生産(生成)、そしてその意味を理解することができる
〈生成文法〉で有名なノーム・チョムスキーは〈言語の創造的側面〉と呼んだりもしています。

言語の生産性を説明するために登場したのが〈合成性の原理〉

今見たように、「新しい意味と生産し、そして理解できる」という性質が自然言語には存在します。

これを説明しようとしたのが〈合成性の原理〉です。

つまり、

未知の文であったとしても、その文の要素である単語の意味さえ知っていれば、それらを一定の手順で合成していけば全体としての文の意味を理解できる

(強い主張の方の)〈合成性の原理〉では考えます。

例えば先ほどの「赤いズボンを履いたピンクのゴリラが青いリンゴを食べた」という例文では、全体としての文を見聞きしたことがなくても、その文の要素である[赤い][ズボン]…などの単語の意味を知っているから文の意味を解釈できるということです
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合成性の原理に従わない複合表現が「慣用句」(イディオム)

〈合成性の原理〉を論じる時に必ず登場する〈イディオム〉というテーマを取り上げておきます。

慣用句(Idiom)その意味が合成性の原理に従わない言語表現のこと

例えば、〈慣用句〉の例として、

kick the bucket

という表現がありますが、どのような意味か分かるでしょうか?

字義通りに解釈すると「バケツを蹴る」という意味ですが、実際は「死ぬ」という意味です。

この “kick the bucket” のような表現の意味は、部分的な要素である単語の意味の総和であると考えることができません。すなわち〈合成性の原理〉に従っていません。

このような表現が〈慣用句〉と呼ばれます。

合成性の原理の2つの種類

ここで最初にお見せした〈合成性の原理〉の「強い主張」と「弱い主張」について戻って考えてみましょう。

強い主張複合表現の意味は、「部分的な要素の意味」と「その要素の合成の手順」によって完全に決定する
弱い主張合成性の原理は部分的にしか成立しない(=合成性の原理が成立しない例外もある)

「弱い主張」では、「合成性の原理は部分的にしか成立しない」としていますが、それは〈慣用句〉などでは成立しないということを意味していたのです。

〈慣用句〉の他に、〈メタファー〉や〈レトリック〉なども含まれます。
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合成性の原理が直面する問題点

最後に、(強い主張の方の)〈合成性の原理〉の問題点を取り上げて終わりにしたいと思います。

〈合成性の原理〉の問題点は以下の3つほど挙げられます。

  1. Sentence Meaning と Speaker Meaning の問題
  2. 個人的差異の問題
  3. 循環性の問題

1つずつ見ていきましょう。

問題点1
Sentence MeaningSpeaker Meaning の問題

例えば、次のような表現を考えてみましょう。

時計持っていますか?

この表現を、文字通り解釈するならば、「時計の所有の有無を尋ねる質問」です。

しかし、実際にはこの表現は「時間教えて下さい」という依頼の表現として用いられ、そして聞き手はその旨を理解します。

ここに、Sentence MeaningSpeaker Meaning の問題が生じます。

すなわち、「時計持っていますか?」という表現に対して、

〈合成性の原理〉によって解釈した 「時計の有無を尋ねている」という Sentence Meaning と、実際に話し手が意図する「時間教えて下さい」という Speaker Meaning がある

という現象が起きています。

このような Sentence MeaningSpeaker Meaning の区別を〈合成性の原理〉だけでは説明することができません。

問題点2
個人的差異の問題

ある言語表現から受け取る意味やイメージは、人によって異なります。

例えば、

私はコーヒーが好きだ

という表現があった場合、人によって この文の解釈が異なるはずです。

というのも、人によっては「コーヒー」という単語から、「ノンシュガーのホットブラックコーヒー」というイメージを連想する人もいれば、「シュガー+ミルクが入ったアイスコーヒー」というイメージを連想する人もいるはずです。

そして、「コーヒー」という部分的要素としての単語から連想するイメージが異なれば、「私はコーヒーが好きだ」という全体としての文の意味も変わってしまいます。

このような『個人が連想するな意味の違いの問題』は、〈合成性の原理〉の守備範囲には収まらないのが現状です。

問題点3
循環性の問題

この『循環性の問題』が最重要です。

John ate the apples

〈合成性の原理〉に従えば、上の “John ate the apples” という文の意味は、[John] [ate] [the] [apples] という部分的な要素としての単語の意味の総和であると考えますが、ここで次のような疑問が出てきます。

[John] [ate] [the] [apples] などの単語の意味はどうするのか?

非常に素朴な疑問ですが、実に核心をついた指摘です。

勘の鋭い方はお気付くだと思いますが、この指摘は永遠に続きます。

例えば、要素の1つである[apple]の意味を次のように説明したとしましょう。

the round fruit of a tree of the rose family, which typically has thin green or red skin and crisp flesh
(薄い緑または赤の皮とサクサクとした果肉をもつバラ科の木の丸い果実)

たしかにこれで要素である[apple]を説明することができたかもしれませんが、この説明文自体の中で使われている[round]や[fruit]などの単語の意味を扱う必要が出てきてしまいます。

そして、この流れはエンドレスに続いていきます。

以上が『循環性の問題』でした。

合成性の原理の問題点【まとめ】

今まで見てきた〈合成性の原理〉の問題点をまとめておきます。

  1. Sentence Meaning と Speaker Meaning の問題
  2. 個人的差異の問題
  3. 循環性の問題

このような問題は、(強い主張の方の)〈合成性の原理〉だけでは解決することができないため、新たな理論の構築が必要になってきます。

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関連事項「意味の生成」に関して

〈合成性の原理〉が言語の意味の生産性のための理論であることを見てきましたが、他にも異なる理論が存在します。

それが〈概念意味論〉と呼ばれるものです。

〈概念意味論〉は、人間の言語における意味概念の「生成・理解」に焦点を当てた意味論の一派です。

概念意味論をについてもう少し詳しく知りたい方は必見の書籍です。筆者の文体が非常にやさしく読みやすいため、入門書としては最適だと思います。

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全体のまとめ

これにて『意味論⑥』は終了です。今回は〈合成性の原理〉について見てきました。

要点をまとめておきます。

  • 合成性の原理
    ➤➤複合表現の意味は、「部分的な要素の意味」と「その要素の一定の合成手順」によって決定する
  • 合成性の原理には、「強い主張」と「弱い主張」がある
  • 合成性の原理は、〈言語の生産性〉にアプローチしている
  • 〈慣用句〉(イディオム)は強い主張の〈合成性の原理〉には従わない
  • 合成性の原理だけでは解決できない問題がある
最初にも書いたとおり、〈合成性の原理〉は〈構成性原理〉や〈フレーゲの原理〉と呼ばれることもあります

参考文献

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