今回は、名詞の「性」が、ものの印象を変えるのかという問いを扱います。
ドイツ語やフランス語、スペイン語などには、名詞に男性・女性といった文法上の「性」があります。そして有名な調査に、こんなものがあります。同じ「橋」でも、その語が女性名詞の言語の話者は「優美な」「ほっそりした」と形容しがちで、男性名詞の言語の話者は「頑丈な」「力強い」と形容しがちだ、というのです。これは本当に、ことばがものの感じ方を変えているのでしょうか。
そこでこの記事では、『文法上の「性」とは何なのか』、そして『それがものの印象を本当に左右するのか』を考えてみたいと思います。
結論を先に言うと、特定の場面では描写が性に引きずられる、という報告があります。ただし文法上の性はもともと意味とほぼ無関係なラベルで、この種の結果は追試で揺れることもあり、慎重に受け取る必要があります。順に見ていきましょう。
同じ「橋」が、言語で「優美」にも「力強い」にもなる?

まず、有名な調査の中身を確かめます。
ドイツ語で「橋」は女性名詞、スペイン語では男性名詞です。この二つの言語の話者に、橋を思い浮かべて形容詞で描写してもらうと、傾向に差が出た、という報告があります。
男性名詞の言語(スペイン語)の話者:頑丈な・力強い・どっしりした
→ 同じ橋なのに、形容のことばが性別に寄っていく
「鍵」のような別のものでも、似た報告があります。聞くと、いかにも「ことばが感じ方を変えている」証拠のように思えます。同じものを見ているのに、母語での性別が描写ににじむ——もし本当なら、なかなか面白い現象です。けれど、その前に確かめておくべきことがあります。そもそも、文法上の「性」とは何なのでしょうか。
文法上の「性」は、意味とほぼ無関係なラベル

ここで大事なのは、文法上の「性」が、私たちの思う「男らしさ・女らしさ」とは、ほとんど関係のない分類ラベルだという点です。
たとえば「太陽」と「月」。ドイツ語では太陽が女性名詞で、月が男性名詞です。ところがスペイン語では逆に、太陽が男性名詞で、月が女性名詞です。同じ太陽が、言語によって女性にも男性にもなるのですから、性別に本質的な意味があるわけではありません。
そもそも日本語や英語には、この文法上の性がほとんどありません。日本語話者が「橋」に性別を感じないのは、母語がそんなラベルを貼っていないからです。文法上の性は、ものの中身から来る区別ではなく、その言語が単語に割りふった、いわば整理上の分類なのです。
だからこそ、最初の調査は不思議に響きます。意味と無関係なはずのラベルが、なぜ描写ににじむのでしょうか。
意味のないラベルなのに、擬人化させると描写が寄った

この問いに踏み込んだのが、心理学者ボロディツキーらの調査です。
彼らは、ものを擬人化させたり、形容詞で描かせたりする課題を使いました。すると、母語での文法上の性に沿った形容詞が選ばれやすい、という傾向が報告されたのです。女性名詞のものは「優美」寄り、男性名詞のものは「力強い」寄り、という具合です。
考えられている筋道はこうです。意味のないラベルでも、子どものころから毎日それを使って単語を覚え、形を一致させていれば、そのラベルがうっすらと連想を引き寄せる。橋という語をいつも女性名詞として扱っていれば、橋を擬人化するときに「彼女」的なイメージがほんの少し顔を出す、というわけです。ことばが、注意や連想を傾けるレンズのように働く——弱い仮説にあてはまる現象として、よく引かれます。
ただし、この種の結果は追試で揺れる

ここからが肝心です。この文法性と印象の研究は、そのまま鵜呑みにするには、慎重さが要ります。
というのも、同じような実験をやり直すと、はっきりした差が出ないこともあるからです。結果は、課題のやらせ方や、何語で質問するか、どんな単語を選ぶかによって、ずいぶん揺れます。
これは、文法性の研究に限った話ではありません。「ことばが思考を変える」という心ひかれる結果ほど、どこまで確かめられているかとセットで受け取るのが安全です。雪語彙やホピの時間のように、有名なわりに足元のあやしい例が、この分野には少なくないからです。
では、どこまでなら言えるのか

慎重に、と言うと「では全部でたらめなのか」と思うかもしれません。そうではありません。言える範囲を見きわめることが大切です。
確かなのは、文法上の性が、ものの本質を決めているわけではないこと。太陽の性別が言語で逆になる以上、これは間違いありません。一方で、擬人化のような特定の場面では、母語のラベルが描写を少し傾けることがある。ただしその効果は強くも安定でもなく、出ない場合もある。——ここまでが、慎重に言える範囲です。
「ことばで世界が変わる」という派手な話と、「文法性はただのラベルだから何も起きない」という冷めた話。本当のところは、そのあいだの、ほどよく地味な場所にあります。意味のないラベルが、特定の課題でだけ、弱く、揺れながら、連想を傾ける。それが、いま言える実像です。
まとめ:性は意味のないラベル、でも特定の場面で連想を傾けうる
最初の問いに戻りましょう。名詞の「性」で、ものの印象は変わるのか。
答えは、文法上の性は意味とほぼ無関係なラベルだが、擬人化のような特定の場面では、描写を少し傾けることがある。ただしその効果は揺れやすく、慎重に扱う必要がある、ということです。決めつけるほど強くはなく、まったくないと切り捨てるほど無でもない、という微妙なところです。
- 文法上の性は、太陽の性別が言語で逆になるように、意味とほぼ無関係なラベル。
- それでも擬人化などの課題では、描写が母語の性に寄る、という報告がある。
- ただしこの種の結果は追試で揺れ、出ない場合もある。慎重に受け取るべき。
- 「面白い結果」ほど、どこまで確かめられているかとセットで見るのが安全。
「面白い結果ほど確かめてから」という姿勢は、この分野の俗説とあわせて読むとよく分かります。「エスキモーに雪の単語が何十も」は本当か や 「時間の概念がない言語」ホピ語の真相 もどうぞ。ことばと思考の関係の全体像は サピア・ウォーフの仮説(言語相対論)とは にまとめてあります。


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