言語学

【認知言語学概論②】認知の視点 〈図〉vs〈地〉

認知言語学 視点 軌道体 基準点言語学
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この記事は、認知言語学について扱う記事の第2弾になります。

この第2弾の記事では、人間の認知の視点と言語の関連性を扱っていきます。

 

 

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本記事で扱う内容

この記事では、私たち人間が認知・知覚行為を行う際の「視点」について扱っていきます。

人間の認知の「視点」を研究する領域は、〈認知心理学〉と呼ばれる学問です。

そして、〈認知言語学〉はそこからアイデアを取り入れたのです。

したがって、本記事の流れは以下のようになります。

認知心理学のアイデアの説明

言語学へ応用した事例の紹介

最初の方は、認知心理学の話がメインなので、正直に言って言語学の話は全く出てきません。

しかし、後半部分で必ずリンクするようになっているので、ぜひ最後まで読んでいただければ嬉しいです

今回もイラストを使って、分かりやすく解説していきます。

認知心理学のアイデア

本節では、認知心理学で研究されているアイデアを扱います。

焦点が当たる部分と当たらない部分

人間がある1つの事態(イベント)を知覚する時、大きく2つの部分に分かれると言われています。

それが、認知の焦点が当たる部分と焦点が当たらない部分です。

人間の知覚 = 焦点が当たる部分 + 焦点が当たらない部分

とは言え、この説明は理解しにくいと思うので、実際に体感してみましょう。

多義図形

いきなりですが、以下のイラストを見てください。

ルビンの盃

有名なイラストですね。1つのイラストで複数の解釈が可能な〈多義図形〉と呼ばれるものです。

このイラストを見た瞬間、皆さんはどのような解釈をしたでしょうか?

以下の2つの解釈ができるはずです。

  • 「盃(壺)」の絵
  • 「2人の人間の横顔」の絵

重要なのは、その解釈をした時、「視点がどこに当たっているか?」ということです。

  • 「盃(壺)」の絵 → 「白い部分」に焦点が当たり、「黒い部分」は当たっていない
  • 「2人の人間の横顔」の絵 → 「黒い部分」に焦点が当たり、「白い部分」は当たっていない

以上のことから、人間が1つの対象を知覚する場合、

認知の焦点が当たる部分と焦点が当たらない部分に分類できる
ということが分かります。
1つの絵に対して、焦点が当たる部分と当たらない部分が存在する
➤➤焦点が当たる部分が変わると、解釈も同様に変わる

用語の説明

先ほどの〈多義図形〉から、認知の焦点が当たる部分焦点が当たらない部分が存在することを体感して頂けたと思います。

この2つを指して次のように呼びます。

認知の焦点が当たる部分 = 
認知の焦点が当たらない部分 = 
〈図〉は前景化される部分〈地〉は背景化される部分とも言えそうですね。

さきほどの〈多義図形〉の例で考えてみましょう。

ルビンの盃
解釈の仕方〈図〉〈地〉
盃(壺)と解釈した場合白い部分黒い部分
2人の人間の横顔と解釈した場合黒い部分白い部分

そして重要なのは、

図〉と〈地〉が変わると、認識も変わる

ということです。

現段階でのまとめ

ここまでの多義図形と〈図〉・〈地〉についてまとめてきましょう。

1つの絵に対して、どこを〈図〉にするか、またはどこを〈地〉にするかで解釈が異なる

以上で〈認知心理学〉のアイデアの説明は終了です。

次からは言語学での話になっていきます。

認知言語学への応用

ここからは〈認知言語学〉の話になります。

上で説明した〈図〉と〈地〉のアイデアを、〈認知言語学〉にも導入してみようということです。

図と地の導入➤➤トランジェクターとランドマーク

先ほどの認知心理学の〈図〉と〈地〉のアイデアを〈認知言語学〉にも応用するのですが、用語が変わるので注意が必要です。

認知心理学・焦点が当たる部分 = 
・焦点が当たらない部分 = 

認知言語学・焦点が当たる部分 = トランジェクター(軌道体)
・焦点が当たらない部分 = ランドマーク(基準点)
〈図〉〈地〉と呼ばれているものは、認知言語学ではそれぞれトランジェクター(軌道隊)ランドマーク(基準点)という呼ばれることが多いです。

名前は違いますが、性質は〈図〉/〈地〉と〈トランジェクター〉/〈ランドマーク〉でほとんど同じだと思って頂いて構いません。

〈トランジェクター〉〈ランドマーク〉についてもう少し解説します。
〈トランジェクター〉〈ランドマーク〉はそれぞれtrajector, landmarkという綴字です。イメージスキーマなどでは、それぞれ tr/laのように略記されることもあります。
➤➤【認知言語学概論⑤】イメージスキーマ

トランジェクターとランドマークの例

〈トランジェクター〉〈ランドマーク〉の名前だけではイメージが膨らまないと思うので、例文を交えて考えていきましょう。

リンゴの右にみかんがある

上のイラストを示す言語表現として以下の2つが挙げられます。

例文① リンゴの右にみかんがある。
② みかんの左にリンゴがある。
この2つの表現における〈トランジェクター〉〈ランドマーク〉を考えてみましょう。

例文①:リンゴの右にみかんがある

この例文に、〈トランジェクター〉〈ランドマーク〉を当てはめると次のようになります。
 ① リンゴの右にみかんがあるみかんが軌道体、リンゴが基準点基準点=ランドマーク軌道体=トランジェクター

〈トランジェクター〉認知の視点が当たる部分なので実線で、〈ランドマーク〉(〈軌道体〉よりも)認知の視点が当たらない部分なので点線で表現しています。

このイメージを頭に残したまま、例文②を見てみましょう。

例文②:みかんの左にリンゴがある

この例文に、〈トランジェクター〉〈ランドマーク〉を当てはめると次のようになります。
 ② みかんの左にリンゴがある。リンゴが軌道体、みかんが基準点基準点=ランドマーク軌道体=トランジェクター
それぞれの例文で〈軌道体〉と〈基準点〉が異なることが分かります。

他の例文でも

あと少し例文を出して、〈トランジェクター〉〈ランドマーク〉を見てみましょう。

例文彼女の顔喜びの感情が満ち溢れている。
彼女の顔喜びの感情に満ち溢れている。
例文ジグソーパズルが散らかっている。
ジグソーパズルで散らかっている。

以上が実際の言語表現に〈トランジェクター〉〈ランドマーク〉を当てはめて考えた事例です。

トランジェクターとランドマークを取り入れるメリット

ここで、〈トランジェクター〉〈ランドマーク〉を取り入れることによるメリットを考えてみましょ

〈軌道体〉と〈基準点〉を使うメリットは何か?

一言で言うと、

言語表現の多様性を、「視点の違い」という説明で解決できるようになった
になります。
この言葉の意味を理解するためには、認知言語学が登場する以前の言語学の考え方を知る必要があります。

従来の言語学の発想

先ほどの例文でもう一度考えてみましょう。

例文リンゴの右みかんがある。
みかんの左リンゴがある。

この①と②の違いについて、従来の言語学ではどのようなに説明をしていたのでしょうか?

その説明はこんな感じです。

①と②は、下線部の語句を入れ替えただけの「意味が同じ」な文である

認知言語学以外の全ての従来の言語学がこのような説明をしていたわけではありません。

一見するとシンプルな説明に思えますが、次のような指摘が可能です。

  • なぜ下線部の語句を入れ替える必要があるのか?
  • そもそも「意味が同じ」なら、なぜ2通りの表現があるのか?

従来の言語学の説明の仕方(特に形式に注目する場合)では、この類の疑問を解決することはできません。

つまり、言語表現の多様性の問題に対して説明できていなかったのです。

これを上手くフォローしたのが次に見る〈認知言語学〉の説明の仕方なのです。

認知言語学の発想

例文リンゴの右みかんがある。
みかんの左リンゴがある。

この2つの文に対して、〈認知言語学〉は以下の説明を与えます。

①と②は、〈トランジェクター〉と〈ランドマーク〉が異なる。よって、事象の捉え方(認知の仕方)が異なるため、結果的に意味も異なる

この説明を聞いてどのように感じるでしょうか?

比較対象として従来の言語学の説明を再掲しておきます。
「①と②は、下線部の語句を入れ替えただけの「意味が同じ」な文である」

先ほどの説明を大きく異なることが分かります。

ここで先ほどの従来の言語学の説明に対する指摘をもう1度考えてみましょう。

  • なぜ下線部の語句を入れ替える必要があるのか?
  • そもそも「意味が同じ」なら、なぜ2通りの表現があるのか?

〈認知言語学〉では、〈トランジェクター〉と〈ランドマーク〉の差異の結果という説明によって、この2つの指摘に答えることができるのです。

これが〈トランジェクター〉と〈ランドマーク〉を導入したメリットです。

極端に言えば、〈トランジェクター〉と〈ランドマーク〉のアイデアを得たことで、説明が「学問っぽく」なったということです。「下線部の入れ替え」という従来の表面的な説明よりも、「焦点の違い」という認知言語学の説明の方が、そして学問的だと感じられるかと思います。

トランジェクターとランドマークのメリット

〈軌道体〉と〈基準点〉のアイデアは、言語表現の多様性に対する学問的な説明を可能にした

これで〈トランジェクター〉と〈ランドマーク〉のメリットを実感できたのではないでしょうか?

おそらくこの記事の最初の内は、「こんな抽象的な概念を知って何になるの?」と思っていた方も多いかと思いますが、〈トランジェクター〉と〈ランドマーク〉の概念にはこんなメリットがあったのです。

ここまで説明が長かったかもしれませんが、〈多義図形〉の話から今の話まで皆さんの頭の中で全てが繋がっていたら嬉しいです。

トランジェクター&ランドマークと英文法の関係性

〈トランジェクター〉と〈ランドマーク〉の考え方は、英文法のある単元に応用することが可能です。

気になる方は、以下をクリックしてください。

「何かと何かを入れ替える」という現象を説明できる〈トランジェクター〉と〈ランドマーク〉のアイデアですが、英文法の分野に当てはめることが可能です。「何かと何かを入れ替えるだけ」という説明で有名な文法事、それは〈受動態〉です。従来の説明では「受動態は、能動態の主語と目的語を入れ替えただけの構文」とされてきました。しかし、今見てきたように「何かと何かを入れ替える」という行為の裏には、人間の認知の視点の差という理由が存在するのです。そう考えると、能動態⇔受動態の書き換えは機械的に無条件で行われるものではなく、〈トランジェクター〉と〈ランドマーク〉という認知的な背景が絡んできているのです。このことについては、後の✔応用編の続きで説明しているので、確認してみてください。

トランジェクターとランドマークの面白い性質

最後に、〈トランジェクター〉と〈ランドマーク〉に関する興味深い性質を取り上げたいと思います。

例①

ビルの前に自転車がある
ここで質問です。
自転車とビルの位置関係を表現してください
おそらく多くの方が次のような【A系統】の表現を使うのではないでしょうか?
【A系統】ビルの前に自転車がある。
ビルの前に自転車が置いてある。
ビルの前に自転車を停めてある。

上の3つは、自転車〈トランジェクター〉ビル〈ランドマーク〉になっているパターンです

しかし、次の【B系統】の3つも表現も文法的には正しいはずです。

【B系統】自転車の後ろにビルがある。
自転車の後ろにビルが建っている。
自転車が停めてある後ろにビルがある。

この3つは、ビル〈トランジェクター〉自転車〈ランドマーク〉になっているパターンです。

2つのパターンを比較すると、A系統の文の方が自然に感じるはずです。

この理由はなぜでしょうか?

それは〈トランジェクター〉〈ランドマーク〉のなり易さが関係しています。

次のように考えられます。

自転車はビルと比べて「動きやすい」ため〈軌道体〉になり、ビルは「動きにくい」ため〈基準点〉になる。したがって、それが反映されたA系統の方が感覚的に自然に感じる。
「動きやすさ」、つまり物体の可動性によって、〈ランドマーク〉のなり易さ(なりにくさ)はある程度決まっています。

類似例

例①の類似例として次のようなものがあります。

机の上に猫がいる

このイラストを表現する言葉として、

の上にいる

 という表現は適切ですが、

の下にがある

という表現には違和感を感じます。

この理由にも、

可動性の高い「猫」は〈トランジェクター〉になり易く、可動性の低い机は〈トランジェクター〉になり易い
という法則が絡んでいるのです。

例②

例①では「物体の物理的な特性(大きさや可動性など)」を扱いましたが、「精神的な特性」も関与しているのです。

息子の顔は父親に似ている

このイラストに関して、「息子と父親の類似性」を表現するならば、

A: 息子(の顔)父親に似ている

こちらの息子〈トランジェクター〉父親〈ランドマーク〉になっている表現がしっくりくるかと思います。

一方で、次のような表現はどうでしょう?

B :父親(の顔)息子に似ている

こちらは、Aの表現とは反対に、父親〈トランジェクター〉息子〈ランドマーク〉に表現です。

おそらく多くの方はBの表現はどこか不自然に感じるでしょう。

Bの表現が不自然に聞こえるのは、「父親」が〈基準点〉になってしまっているからです。

AとBにおける「似る」の方向性を考えてみましょう。

表現「似る」という動詞の方向性
A 息子(の顔)父親に似ている○ 息子→父親
B 父親(の顔)息子に似ている× 父親→息子

「息子」と「父親」の関係性(生まれた順番)を考えると、「父親が息子に似る」というBの方向性より、「息子が父親に似る」というAの方向性の方が直感的に自然なのです。

つまり、父親が〈ランドマーク〉で、そこに似ていく息子が〈トランジェクター〉になるのが自然だということです。

例①と②のまとめ

例①と②から次のようなことが分かります。

「トランジェクターのなり易さ」や「ランドマークのなり易さ」は、物体の特性によってある程度決まっている

そして更に興味深いことに、この「なり易さ」の度合いはどの言語でも共通していることが分かっているのです。

以上を通して、〈軌道体〉と〈基準点〉の概念が日常の言語使用に大きく影響を与えていることを分かって頂けたでしょうか?

最初はこの記事で言っていることの有用性をいまいち理解できなかったと思いますが、全て私たちの言語使用に直結しているのです。

トランジェクター&ランドマークと英文法の関係性【続き】

さきほどの〈受動態〉に関する応用編の続きです⇩

この「軌道体のなり易さ」を〈受動態〉に応用してみましょう。
① The son resembles his father 「その息子は父に似ている」
①’ *His father is resembled by the son.
①の受動態である①’は非文とされています。
この理由を説明できるのが〈トランジェクター〉と〈ランドマーク〉なのです。
‘father’ というのは、‘son’ と比較した時〈トランジェクター〉になりにくく、〈ランドマーク〉になりやすい物体なのです。だから、‘father’ が〈トランジェクター〉(=主語)となっている①’は非文とされるのです。
このように、〈トランジェクター〉&〈ランドマーク〉は〈受動態〉は非常に相性が良いことが分かります。そして何より、みなさんの知っている英文法と〈認知言語学〉は本当に密接に絡んでいるのです。

全体のまとめ

今回の認知言語学概論②はこれにて終了です。

本記事の内容をまとめます。

  • 人間の認知は、〈図〉と〈地〉に分類される
  • 認知言語学では、〈図〉を〈トランジェクター〉、〈地〉を〈ランドマーク〉として取り入れた
  • 〈トランジェクター〉と〈ランドマーク〉は、言語表現の多様性を説明できるという大きな意義がある
  • 〈トランジェクター〉のなり易さ(反対に〈ランドマーク〉のなり易さ)は、物体の特性によって決まっている
用語も整理しておきます。
〈認知言語学〉〈認知心理学〉〈図〉〈地〉
〈トランジェクター〉〈ランドマーク〉

参考文献

  • Radden & Dirven (2007), Cognitive English Grammar, John Benjamins.
  • 李在鎬 (2010) 『認知言語学への誘い -意味と文法の世界-』開拓社
  • 籾山洋介 (2010)『認知言語学入門』研究社

認知言語学の書籍紹介

認知言語学をもっと学習したいという方には、以下の記事で紹介している書籍がおすすめです。

➤➤ 【書籍紹介】認知言語学を学べる書籍

コメント

  1. さくら より:

    こんにちは。私は言語学を専攻する学部2年生です。
    認知言語学については以前より関心があり、興味深く読ませていただきました。
    ところで、以下の例文についてふと気になることがありました。

    (a)彼女の顔に喜びの感情が満ち溢れている。
    (b)彼女の顔が喜びの感情に満ち溢れている。

    (a)では「喜びの感情」、(b)では「彼女の顔」が軌道体になっているというご説明でしたが、これは日本語の助詞「が」には接続している語に焦点を当てる働きがある、とも言えるのでしょうか。個人的には「文中の語順の上で後に配置される語ほど焦点が当たりやすい」ものだと思っていたので、語順は変わらずに焦点の位置が変わる上記の例文は驚きです。

    大変分かりやすく、興味をそそられるご説明でした。認知言語学の面白さを教えていただき、どうもありがとうございます。

    • 英文法のスパイス より:

      こんにちは。記事をご覧いただきありがとうございます。そしてコメントをいただき、本当に嬉しい限りです。

      おっしゃる通り、「文中の語順の上で後に配置される語ほど焦点が当たりやすい」という傾向は確かに存在します。いわゆる「旧情報→新情報」の情報構造や文末焦点の原理というものがこれに当たります。
      これに加えて日本語の場合は、助詞「が」によっても焦点を当てることが可能です。したがって助詞「が」が付いている語彙は軌道体になりやすくなります。ただ、軌道体の決定は助詞「が」が付いているかどうかだけではなく、文内の他の要素を踏まえて相対的に決まるのではないかと個人的には思っています。認知心理学の図と地も相対的な関係だったので、言語における軌道体と基準点にも同様のことが当てはまるとも考えられそうです。

      有益な返信になったか不安ですが、ぜひご参考にしていただければ幸いです。よろしければまた気軽にコメントしてくださると嬉しいです。