生成文法の束縛理論とは?himself と him が同じ人を指せる条件を解説

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生成文法シリーズの束縛理論を、John likes himselfとJohn likes himの局所的な同一指示読みの対比で示すサムネイル
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John likes himself. では、himself はJohnを指せます。ところが、同じ人物を指すつもりで John likes him. とすると不自然です。一方、John said that Mary likes him. なら、him がJohnを指す読みを持てます。

「himself は主語と同じ人、him は別人」と覚えるだけでは、この違いは説明できません。カギになるのは、語順上の近さではなく、どの名詞句がどの位置を構造上見通せるか、そして同じ局所領域にいるかです。

束縛理論は、照応詞・代名詞・固有名詞が同じ人物を指せる条件を、c-commandと局所性から読み解きます。

なぜhimselfはJohnを指せるのに、同じ位置のhimは指せないのか?
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生成文法とはなにか?

まずは、生成文法の定義を押さえておきましょう。

生成文法generative grammar言語学の研究プログラム人が限られた語彙と規則から無数の文を作り、理解できる仕組みを、心の中にある言語知識とその働きとして記述・説明しようとする研究の枠組み。

ここでいう「生成」は、文章を自動で書くことではありません。母語話者が初めて出会う文でも構造を理解し、新しい文を作れる仕組みを指します。

生成文法の定義、チョムスキー、普遍文法、文法性判断、理論の変遷は、生成文法の全体像を基礎から解説した記事で扱っています。

束縛理論は、照応詞・代名詞・R表現の解釈が、語の並びではなく階層構造と局所性に左右されることを説明する領域です。

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束縛理論とは?まず辞書的に定義する

束縛理論は、照応詞・代名詞・R表現の指示可能性を構造条件から説明します。入門的には、αがβをc-commandし、同じ指標を持つとき、αがβを束縛すると定義します。

種類 基本条件
照応詞 himself 局所的な先行詞が必要
代名詞 him 局所的先行詞から自由
R表現 John, the student 束縛されず自由

照応詞(anaphor)にはhimselfやherself、代名詞(pronoun)にはhim、her、theyなどが含まれます。R表現(referential expression)はJohnやthe studentのように、それ自体で対象を指す完全な名詞句です。三分類は単なる意味の違いではなく、どの構造位置から同じ対象を指せるかの違いを表します。

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John likes himself と John likes him は何が違う?

John likes himselfとJohn likes himの同一指示読みを比較する図
同じ局所領域ではhimselfとhimが反対に振る舞います。
himself と him の最小対Johnᵢ likes himselfᵢ.
ジョンは自分自身が好きだ。

*Johnᵢ likes himᵢ.
(himをJohnと同一人物として読む意図では不自然。himが別人を指す読みは可能。)

二つ目の*は、himがJohnと同一人物を指す読みだけを排除します。himが別人を指す文は可能です。himselfは局所的先行詞Johnを必要とし、himは同じ局所領域でJohnに束縛されません。記号の読み方は文法性判断の記事で説明しています。

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「近い語」ではなくc-commandで決まる

himself や him の先行詞を、語順でいちばん近い名詞として探すと誤ります。必要なのは、文の木の中でどの名詞句がどこを見通せるかという関係です。

「前にある名詞」が束縛者とは限らない

c-commandを使う理由は、単純な語順では反例がすぐに出るからです。次の例を比べてください。

所有者は主語と同じではないJohn’s fatheri likes himselfi.
himself は通常、father を指す。John を指す読みにはならない。

Johni likes his fatheri.
his は John を指せる。

John’s father では、John は名詞句の内側に入っています。文全体の主語であるのは father であり、father がhimselfをc-commandします。Johnは文字列では前にいても、同じようには見通せません。この例は、束縛が「一番近い名詞」や「最初に出る人」を選ぶ規則ではないことをよく示します。

実際に迷ったら、次の三段階で見ると整理しやすくなります。

束縛を判定する三つの確認

  1. 照応詞・代名詞・R-expressionのどれかを確認する。
  2. 候補の名詞句が、その表現をc-commandするかを構造で確かめる。
  3. 同じ局所領域にいるかを確認し、原理A・B・Cを当てる。

添字iは、同じ人物を指す可能性を仮に書き込む道具です。添字が同じだから文法的に許されるのではなく、その添字付けが原理を満たすかどうかを調べます。この順序を逆にすると、「意味が通じそうだから同じ人物にできる」という判断に引っ張られてしまいます。

Johnの父がhimselfをc-commandするが所有者Johnはしない構造図
線形的に近いJohnではなく、主語名詞句の主要部fatherがhimselfを束縛します。
所有者と主語のc-commandJohnᵢ’s fatherⱼ likes himselfⱼ/*ᵢ.
ジョンの父は自分自身(=父)が好きだ。(himselfをJohnと読むことはできない。)

Johnはhimselfより先に現れますが、主語名詞句の内部に埋め込まれ、述語をc-commandしません。fatherを中心とする主語全体は述語側をc-commandします。「最も近い名詞」という規則ではこの差を説明できません。

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局所性とは何か――「同じ部屋」の境界を考える

局所領域をまたぐ照応詞と代名詞*Johnᵢ thinks [Mary likes himselfᵢ].
(himselfをJohnと読む意図では不自然。)

Johnᵢ thinks [Mary likes himᵢ].
ジョンは、メアリーが彼(=ジョン)を好きだと思っている。

himselfは埋め込み節内で適切な先行詞を必要とします。himはその局所領域では自由なので、外側のJohnと同一指示になれます。「同じ節」は便利な近似ですが、binding domainの正確な定義は主語、時制、照応詞の種類で調整が必要です。

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Principle A・B・Cを例文で整理する

三原理は、同じ人物を指せるかを意味だけで決めないための道具です。照応詞・代名詞・名前が、局所領域でどのように振る舞うかを例文で分けます。

原理A・B・Cを、同じ人物かどうかだけで判定しない

束縛理論の原理A・B・Cは、用語だけを覚えると「再帰代名詞、代名詞、固有名詞の三分類」に見えます。実際に判定するときは、まず候補となる名詞句がc-commandしているか、次に同じ局所領域にいるかを順に確認します。人が同じかどうかは、そのあとに現れる読みの結果です。

原理A:照応詞は近い領域で束縛される

himself を読むMayai criticized herselfi.
Maya は自分自身を批判した。

Mayai said that Ken criticized herselfi.
標準的な読みでは不自然。

最初の文では Maya が同じ節の主語であり、herself をc-commandします。照応詞はその局所領域の中で結びつけられるので、自然です。二つ目では Maya はthat節の外にいます。語順では前にあっても、照応詞が求める局所的な束縛者にはなれません。

これが原理Aです。ただし、英語でも picture of herself のような名詞句の中の照応詞には、発話者・視点人物に関わる読みが現れることがあり、単純な局所条件だけでは整理しにくい例があります。こうしたexempt anaphor(局所的束縛から外れる照応詞)を、原理Aの典型例と混ぜないことが大切です。

補足:原理Aの古典的な定式化

Aの正例と違反例Johnᵢ likes himselfᵢ.
*Johnᵢ thinks [Mary likes himselfᵢ].

最初のhimselfは同じ局所領域の主語Johnにc-commandされ、同じ指標を持ちます。二つ目では、外側のJohnは埋め込み節内のhimselfにとって局所的な先行詞ではありません。Maryはhimselfと人称・性の特徴が一致しないため、意図したJohn読みを救えません。

原理B:代名詞は近すぎる束縛を避ける

him を読むMayai criticized heri.
Maya と her を同じ人物として読むことはできない。

Mayai said that Ken criticized heri.
her を Maya と読むことができる。

代名詞 her もMayaと同じ人物を指しうるのに、最初の文ではその読みが閉じられます。ここで働くのが原理Bです。代名詞は、同じ局所領域の中でc-commandする名詞句に束縛されてはならない、と考えます。二つ目では Maya がthat節の外にいるため、この局所条件に引っかからず、文脈に応じてMayaを指せます。

補足:原理Bの古典的な定式化

Bの違反例と正例*Johnᵢ likes himᵢ.
Johnᵢ thinks [Mary likes himᵢ].

最初のhimが同じ局所領域のJohnを指す読みは排除されます。二つ目のhimは埋め込み節内でJohnに束縛されていないため、外側のJohnとの同一指示読みが可能です。どちらの文でも、himが文脈上の別人を指す可能性とは分けて判定します。

原理C:名前や普通名詞は束縛されない

John をもう一度言うときHei said that Johni won.
he を John と読む解釈は原理Cの代表例では難しい。

Johni said that hei won.
こちらは自然。

John のようなR-expression(指示表現)は、それ自体で人物を指せる名詞句です。前の he がJohnをc-commandする構造では、John がその代名詞に束縛される形になり、原理Cに反します。反対に John が先にあり、he が後ろにある文では、Johnはheに束縛されていないため問題になりません。

原理Cは「名前を繰り返してはいけない」という会話上のマナーではありません。二つの名詞句の位置関係が作る統語的な制約です。文脈上たまたま同一人物を思い浮かべられるかという共参照とは、ここで区別されます。

見る対象 局所領域の条件 典型例
照応詞(himself) 局所的に束縛される Maya likes herself.
代名詞(him) 局所的には束縛されない Maya said that Ken likes him.
R-expression(John) どこでも束縛されない He said that John won.
原理 条件
A 照応詞は局所的に束縛 Johnᵢ likes himselfᵢ
B 代名詞は局所的に自由 Johnᵢ said Mary likes himᵢ
C R表現は自由 *Heᵢ likes Johnᵢ

Principle Cの例も、heとJohnが同一人物という意図した読みの判定です。文脈上別人なら文自体は成立します。古典三原則は強い一般化ですが、領域と表現分類の細部は現在も研究されています。

補足:原理Cの古典的な定式化

Cの違反例とc-commandのない例違反:*Heᵢ likes Johnᵢ.
可能:Hisᵢ mother likes Johnᵢ.

最初のheはJohnをc-commandするため、両者を同じ人物として読むとJohnというR表現が束縛されます。二つ目のhisは主語名詞句の内部にあり、述語側のJohnをc-commandしません。そのため、hisとJohnが同じ人物を指す読みを構造条件だけで排除する必要はありません。

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束縛と同じものを指すことは同じではない

coreferenceは二表現が同じ対象を指すこと、variable bindingは量化表現が代名詞の解釈を体系的に変える関係です。Every studentᵢ likes hisᵢ teacherでは、hisは一人の固定人物ではなくstudentごとに値が変わります。同一指示だけで束縛を定義すると、この違いが消えます。

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日本語の「自分」はhimselfと同じではない

日本語の自分は英語のhimselfに近い場面がありますが、先行詞の範囲や視点の影響が同じではありません。英語の規則をそのまま当てはめずに比べます。

日本語の「自分」は、英語のhimselfと一対一ではない

日本語の自分は、英語のhimselfに対応する場面が多い一方、振る舞いがより広いことがあります。たとえば、文脈や話者の判断によっては、次のように上の節の主語を先行詞に取る読みが検討されます。

日本語の自分太郎iは、花子が自分iをほめたと言った。
自分を太郎と読む解釈が現れうる。

花子jは、太郎iが自分jをほめたと言った。
自分が誰を指すかは、主語・視点・文脈の影響を受ける。

このため、日本語の自分を英語の局所照応詞とまったく同じ条件で説明することはできません。主語を先行詞にしやすい傾向、報告される視点人物、方言差や個人差などが分析に関わります。長距離の読みがいつでも自由に許される、という意味でもありません。

英語の束縛理論が役に立たないのではなく、どの言語のどの照応表現に、どの局所性・視点・談話条件が働くのかを切り分ける出発点になります。理論の三原理はGB理論で整備された古典的な見取り図であり、現在の研究では移動、位相、談話的照応、視点性などを含めて、より細かな分析が提案されています。

英語の原理A B Cと日本語の自分の長距離照応を比較する図
日本語の「自分」には長距離照応、主語指向性、視点が関わります。
自分の長距離照応(再掲)太郎ᵢは[花子が自分ᵢを推薦したと]言った。
「自分」が埋め込み節の外にある太郎を指す読みが現れうる。

「自分」は埋め込み節の外の太郎を指せる解釈があります。ただし、すべての先行詞が同様に可能ではなく、主語指向性、話者・意識主体の視点、文脈が影響します。英語himselfの局所条件をそのまま翻訳した完成理論にはできません。日本語の構造と語順は日本語語順の記事につながります。

見る性質 読みの要点
局所照応 太郎ᵢは自分ᵢを責めた。 同じ節の主語・太郎を指せる
長距離照応 太郎ᵢは[花子ⱼが自分ᵢ/ⱼの写真を見たと]言った。 文脈によって外側の主語・太郎の読みも、内側の主語・花子の読みも候補になる
主語指向性 太郎ᵢが花子ⱼに自分ᵢ/?ⱼの写真を見せた。 目的語の花子より主語の太郎が先行詞になりやすい。ただし判断は文脈で変わる

さらに、発話や思考の主体を描く文では、その人物の視点が「自分」の解釈を支えることがあります。長距離であれば誰でも先行詞になれるのではなく、構造上の主語、意識主体、談話上の視点が重なって候補を絞ります。

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束縛理論は現在も使われているのか

GB理論では束縛理論が独立モジュールとして定式化されました。現在もCondition A/B/C効果は重要な記述対象ですが、exempt anaphor、logophoricity、移動・コピー、Agree、意味論による再分析があります。古典的定式化の修正と、観察される分布差の消滅は同じではありません。移動とコピーは痕跡の記事で扱っています。

位置づけ 中心的な考え方
GB期の古典理論 A・B・Cとbinding domainを、文法内の独立した束縛モジュールとして定式化する
現在の研究 古典的効果を残しつつ、照応形の語彙特性、統語計算、意味論、視点・談話へ説明を分担させる

したがって、古典三原則は現在の分析を読むための基準点です。ただし、すべての照応表現に同じ局所条件を直接適用する完成版ではありません。どの効果を統語構造が担い、どこから語彙・意味・視点の条件が必要になるかが研究されています。

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まとめ|himselfとhimは「意味」だけでなく構造上の居場所が違う

himselfは適切な局所領域でc-commandする先行詞を必要とし、himは同じ領域でその先行詞から自由です。R表現は束縛されず自由でなければなりません。

  • 線形距離ではなくc-commandを見る
  • 束縛と単なる同一指示を分ける
  • 局所領域は「同じ節」だけでは尽くせない
  • 日本語「自分」には長距離照応と視点性がある
  • 古典三原則と現在の個別分析を区別する
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束縛理論のc-commandと局所性は、構文木、移動、島の制約と同じく、文の階層をどう読むかという問いから生まれます。

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参考文献

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