この記事では、〈他動性〉について扱います。
〈他動性〉とは、主に動詞に関する概念のことで、特に〈認知言語学〉で頻繁に登場する考え方です。
今回の記事では、
このような〈他動性〉に関するテーマを広く見ていきたいと思います。
他動性 (transitivity)
〈他動性〉は一般に次のように表されます。
この〈他動性〉によって、「他動詞らしくない他動詞」と「他動詞らしい他動詞」を区別することが可能になります。
例文参照
例文を通して、「他動詞らしくない他動詞」と「他動詞らしい他動詞」の区別を見ていきましょう。
2つの例文はどちらも、SVOの第3文型という点で共通です。
しかし、よくよく見てみるとと、2つの例文における「主語と目的語の関係性」が異なることに気付くでしょうか?
結論を言うと、「主語が目的語に与える影響力」が異なります。
例文①
「主語のTom」が「目的語a brother」に対して与えている影響力はゼロに等しいです。逆に言えば、「目的語のa brother」は「主語のTom」によって何も影響は受けていません。
つまり、haveという動詞は「行為」というよりも「状態」に近い感じがします。
このことから、
➤➤他動性は低い
と言えそうです。
例文②
その一方で、この例文ではどうでしょうか?
「主語のTom」が「目的語a brother」に「蹴るkick」という行為を通して強い影響を与えています。
そして「蹴る」という行為を受けた「目的語のa brother」は強い影響力を被っています。
つまり、
➤➤他動性は高い
気付いたこと
② Tom kicked a brother.
つまり、この2つの例文では、
➤➤他動性が異なる
このような「他動詞らしさ」を〈他動性〉という概念で説明することが可能になります。
〈他動詞〉という分類はあまりにも大きすぎる故に、個々の動詞たちの性質は一様ではないのです。
他動性はどうやって決まるのか?
〈他動性〉の度合いがどのように決定するか、その1例をご紹介します。
一般的に、〈他動性〉の度合いは、以下のような観点から評価されます。
〈他動性〉に関していくつか注意点があります。
1.他動性の度合いは文法構造だけでは決まらない
他動性の度合いがすべて上記の形式で評価できるわけではありません。
【具体例】
Tom has blues eyes.(トムは青い瞳をしている)はSVOをという比較的他動性が高いはずの文法構造をとっていますが、実際には他動性は自動詞と同じくらい低いです。つまり、〈他動性〉は形式的な観点からだけで決定されるものではありません。
2.前置詞の役割に注意
他動性の値に関与する前置詞句は「主語の行為が向けられる対象」か「目的語の変化する方向」を示すものに限ります。すなわち、Tom talked in the roomにおける‘in the room‘のような前置詞句は〈他動性〉の評価とは無縁です。
他動性の応用
今まで〈他動性〉の説明や具体例を見てきました。
ここからは、この〈他動性〉というアイデアを使って様々な文法事項や言語現象に説明を与えていきたいと思います。
今回ご紹介する文法事項は、以下の5点。
このように、〈他動性〉に関してかなり幅広く解説していきます。
上記の5つの文法事項が全て〈他動性〉という1つのアイデアによって統一的に説明することが可能になります。
文法事項1
受動態の容認性
〈他動性〉を論じる時に必ず登場するのが〈受動態〉です。特に認知言語学では〈他動性〉と〈受動態〉は切っても切れない関係です。
ところで、〈受動態〉とは一般的に次のように説明されます。
つまり、
しかしながら、そうだとしたら次のような現象はどのように説明すれば良いでしょうか?
⇩
✕ Blue eyes are had by Tom.
〈受動態〉が『主語と述語を入れ替えるもの』だとしたら、上の書き換えは成立するはずですが、残念ながら後者の受動態は非文法的です。
これを解決してくれるのが他でもない〈他動性〉というアイデアなのです。
詳細は以下の記事で解説しています。
文法事項2
同じ動詞における前置詞の有無による意味の違い
同一の動詞であっても、前置詞が共起したりしなかったりする場合があります。
以下の例文の和訳にご注目ください。
「私は彼をめがけて撃った」
↑命中したかは不明
「私は彼を撃った」
↑命中した
このように、shot「発砲する」という動詞を使用した場合は、前置詞の有無によって「拳銃の弾が命中したかどうか」が異なります。
したがって、以下のような操作を加えると文法性に違いが生じます。
↑容認可能
「私は彼をめがけて撃ったが、命中しなかった」
↑容認不可能
「私は彼を撃ったが、命中しなかった」
このような違いをまとめると、
と言うことが可能です。
他の例 climb up と climb
もちろんこの前置詞の有無による意味の違いは、他の動詞においても成立します。
「彼らはその山を登った」
↑登頂したのかは不明
「彼らはその山を登りきった」
↑登頂した
この「前置詞が挟まると他動性は弱くなる」というアイデアは、次に見る〈使役動詞〉にも絡んできます。
文法事項3
使役動詞(have・make・let)
大学入試英語で頻出の〈使役動詞〉にも、実は〈他動性〉というアイデアが絡んでいます。
皆さんご存知の通り、〈使役動詞〉と呼ばれる「have・make・let」の語法はかなり特殊です。
というのも、直接目的語の直後に原形不定詞(動詞の原形)が生起するからです。
The teacher made students study after school.
The teacher let students study after school.
(その先生は、生徒たちを放課後に勉強させた)
厳密には、上記の3つの使役動詞にはニュアンスの違いが存在しますが、今回は割愛します。3つとも study という原形不定詞をとっていることが最重要です。参考までに一般的な動詞の語法と比較してみましょう。
(その先生は、生徒たちに放課後勉強するように依頼した)
このような現象に対して多くの方が次のような疑問を抱くはずです。
この問いに対して、〈他動性〉を用いて回答することが可能です。
即ち、
という考え方です。
〈使役動詞〉というのは、「〇〇させる」という非常に強い意味を持っていて、対象(目的語)に対して強い影響力を与えます(特に「強制的にやらせる」というニュアンスを持つmakeでは)。
そのような〈使役動詞〉において、〈他動性〉は極めて高い度合いを持つことは容易に想像できるはずです。
したがって、先ほどの『同じ動詞における前置詞の有無による意味の違い』でも述べたように、前置詞を介すると「ワンクッション置かれる」ため、〈他動性〉を弱くしてしまいます。
以上が、〈使役動詞〉と〈他動性〉の関係性についてでした。
文法事項4
与格交代(第3文型と第4文型の書き換え)
次に〈与格交代〉と呼ばれるものと〈他動性〉の関係性を見てみましょう。
一般に伝統文法では、第3文型と第4文型は「書き換えの関係にある」とされています。
メアリーはトムに手紙を送った
↑↓書き換え可能
メアリーはトムに手紙を送った
しかしながら、両者は〈他動性〉の観点から捉えると違いが存在します。
注目すべきは、名詞Tom が置かれている場所です。
- 第3文型 … 前置詞to の後ろ
- 第4文型 … 動詞sent の後ろ
このような状態になっています。
そして、今まで何度か登場してきた「前置詞が挟まると他動性は弱くなる」というアイデアをここでも活用すると、〈他動性〉の大小は次のように規定できます。
ここからが重要なのですが、第4文型の方が〈他動性〉が高いということは、「目的語のTomは、主語のMaryの影響下に入っている」と解釈する可能です。
つまり、Maryのsendという行為は「相手に受け取って欲しい」という目的のもと為されているわけで、その相手であるTomは、行為者であるMaryの影響下に入っているため、「Tomは手紙を受け取った」というシチュエーションが第4文型には含意されていることになります。
したがって、第3文型と第4文型には次のような違いが存在します。
↑容認可能
メアリーはトムに手紙を送ったが、トムは受け取らなかった
(Tomに対する他動性は低いため、Maryからの支配は弱い)
↑容認不可能
メアリーはトムに手紙を送ったが、トムは受け取らなかった
(Tomに対する他動性は高いため、Maryからの支配は強い
→Maryの目的達成に関与しなければならない)
このように見てくると、伝統文法で言われている「第3文型と第4文型は書き換え可能である」というのは常に成立するわけではないように感じられます。
✔詳細記事
第3文型と第4文型の意味の違いに関しては、詳細記事を作成しています。
文法事項5
部分的影響性と全体的影響性
最後にご紹介するのが以下のような例文です。
私はトムの頭を叩いた
私はトムの頭を叩いた
上の2つの文は、「トムが殴られた部位が首から上である」という点では共通ですが、行為の影響性(他動性)が異なります。
その違いとは以下の通りです。
↑殴られたのが頭で、
その痛みやショックがトム自身の全体には及ばない
↑トムは頭を殴られ、
ああその痛みやショックがトム自身の全体に及ぶ
つまり、他動性の大小は次のように規定できます。
以上で、〈他動性〉のアイデアを応用できる文法事項の説明は終了です。
他動性の考え方が適用できる文法事項のまとめ
今まで説明してきた5つの文法事項をまとめておきます。
関係のないバラバラな文法事項に思われがちですが、実は〈他動性〉という1つのアイデアで統一的に扱うことが可能です。
【日英対照】日本語における他動性
さてここでテーマを思いっ切り変えて、日本語における〈他動性〉を少し考えてみましょう。
日本語においても、〈他動性〉の概念は同じです。
日本語では〈他動性〉は助詞と強い関係性を持っていると言われています。
そこで、〈他動性〉と助詞の関係性に関する例を2つご紹介します。
例 (1)
例文a
この例文では、花瓶は触られただけで、何か特別な変化を起こしたわけではありません。
よって、
⇨他動性は低い
そしてここからが助詞との関連性なのですが、
と推測できます。
例文b
一方この例文では、花瓶は割れてしまいました。つまり、花瓶は「通常の状態」から「割られた状態」へと物理的に大きな変化を起こしました。
したがって、
⇨他動性は高い
そして
という分析が可能です。
分かったこと
日本語では、
例 (2)
2つ目の例も「対象が受ける変化の程度と助詞の関係性」についてです。
どちらの文もほとんど似た形式ですが、意味合いが違うというのが直感的に分かるかと思います。
この2つの例文から感じるイメージを意識しながら、「対象が受ける影響の程度」を分析していきましょう。
例文 (a)
例文 (b)
例文(a)とは異なり、
例文(b)は、壁が全面ペンキで塗られている状態を示しています。
他動性の差異
2つの例文についてまとめます。
このように、
そして、
補足説明
〈他動性〉についてもう少し詳しい説明を入れておきます。
日英比較の魅力
今回の【日英比較】では〈他動性〉という観点から日本語を分析してみました。
私たちは日ごろからこのような〈他動性〉という複雑な概念を無意識に理解していたと思うと驚きですね。
このような母語である日本語についての新しい発見に出会えるのは、英文法を学習する魅力だと思っています。
英語と比較することで、母語の日本語について新たな発見を与えてくれる
他の【日英比較】についてはこちらから
全体のまとめ
今回は、〈他動性〉という観点から動詞の分類を行いました。
〈他動性〉というアイデアを導入することで、〈他動詞〉という大きなカテゴリーの中に異なる性質の動詞たちが混合していることがよく分かりました。
そしてそんな〈他動性〉の度合いは、いくつもの要素が複合的に絡み合って決定します。
↑複合的な要因で決定する
〈主語〉〈目的語〉〈受動態〉
[参考文献]
- Jacobsen, W. M. (1992), The Transitive Structure of Events in Japanese, Kuroshio Publishers.
- 池上嘉彦 (1995)『〈英文法〉を考える』 筑摩書房
- 府川謹也 (2016) 「英語教師のための英文法 (1)」、『獨協大学外国語学部交流文化学科紀要』、第4号、127-144頁。
〈他動性〉に関して、以下の書籍でとても興味深く、そしてわかりやすく取り上げられています。
関連コンテンツの再掲示
今回の記事の中で紹介した関連記事のリンクを整理しておきます。
◆他動性と受動態
➤➤【受動態】受動態にできる動詞の性質〈他動性〉
◇第3文型と第4文型の意味の違い
➤➤【文型】第4文型↔第3文型 意味の違い② -人間性の観点から-
また次の記事でお会いしましょう。
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