この記事では、〈時制〉について取り上げます。
『現在形は、過去・現在・未来を表す習慣形である』
このような説明を耳にしたことはあるでしょうか?
今回は、『そもそもなぜ現在形が習慣を表すのか?』という理由を解明し、そこから現在形の本質を考えます。
はじめに
まず、『現在形は習慣を表す』という説明が、何を指しているのか確認しておきましょう。
「習慣」の定義
そもそも「習慣」という言葉が意味するものを明示しておく必要があります。
今回は、「習慣の定義」は以下のように設定します。
以後この記事内で、「習慣」と書いた時はこの定義に基づいています。
例文
それでは実際に例文で『現在形は習慣を表す』という意味を確認しましょう。
和訳を意識しながら読んでみてください。
( )の中で敢えて強調した和訳にしていますが、
現在形は、『いつでも/どんなときも』という意味を表すことあります。
これが『現在形は習慣を表す』という言葉の意味です。
2つ目の例文は、文法書などでは〈不変的真理〉や〈科学的真理〉などと呼ばれます。この記事では、便宜上「習慣」と「真理」を区別するような記載せず、どちらも「習慣」と表記します。
なぜこのように、『現在形が習慣を表す』という性質が存在するのでしょうか?
『現在形が習慣を表す理由』、それを紐解いていきましょう。
なぜ現在形は習慣を表すのか? -準備段階-
『現在形が習慣を表す理由』を考えるために、〈認知言語学〉というアイデアを使ってみたいと思います。
本題の『現在形が習慣を表す理由』についての答えを示すための事前準備として、
①認知言語学の特徴
②認知言語学で使われる〈隣接性の原理〉
この2つをご説明する必要があります。
最も興味のある『現在形が習慣を表す理由』は後回しになってしまいますが、しばらく事前準備にお付き合いください。
① 認知言語学とは何か?
〈認知言語学〉とは、次のような特徴を持つ言語学のことです。
もう少し嚙み砕いて言うと、『人間が頭で思ったことや感じたことが、言語に反映して現れる』と考える言語学のことを〈認知言語学〉と呼びます。
具体例
文字だけで説明してもイメージするのが難しいと思うので、実際に具体例をお見せします。
→【認知言語学概論①】認知言語学とは
② 認知言語学におけるアイデア
先ほど説明したような〈認知言語学〉ですが、その中で〈隣接性の原理〉というアイデアが今回必要になってきます。
〈隣接性の原理〉を簡単に定義すると次のようになります。
何だかとても複雑なことを言っていますが、実は私たちの身の回りにはこの〈隣接性の原理〉に基づいた言葉がたくさん存在するのです。
具体例を見てみましょう。
隣接性の原理に基づく具体例
〈隣接性の原理〉に基づく例として、「赤ずきん」という言葉が挙げられます。
この「赤ずきん」という言葉を聞いて、何を想像しましたか?
おそらく多くの方は次のような「女の子」を想像したはずです。
〈隣接性の原理〉の理解を深めるために、他にも具体例をご紹介します。
→本来は「自転車をこぐ」のではなく、「自転車のペダルをこぐ」という表現が適切ですが、もちろん前者でも意味は通じます。これを可能としているのが〈隣接性の原理〉です。つまり、「自転車」と「ペダル」の間に隣接関係が成立しており、〈隣接性の原理〉によって、「自転車をこぐ」が「自転車のペダルをこぐ」という意味に拡張するのです。
(例2)「たこ焼き」
→文字通り「たこ焼き」を解釈するならば、それはただ単に「焼かれたタコ」のことですが、実際はそうではありません。「たこ焼き」という言葉が意味するのは、「小麦粉の生地の中にタコと薬味を入れて球形に焼き上げた料理」です。ここにも〈隣接性の原理〉が働いています。料理の中央にある「焼かれたタコ」を意味する「たこ焼き」を指定することで、その周辺部分の薬味や生地、つまり料理としての「たこ焼き」を意味することができるのです。
そして、この〈隣接性の原理〉は、言うまでもなく私達の認知そのものなのです。
だからこそ、認知そのものである〈隣接性の原理〉に基づいて言語表現を捉えようとするこの試みは、まさに言語を認知の反映と捉える認知言語学の射程圏内に位置するわけです。
〈認知言語学〉と〈隣接性の原理〉、この2つがリンクしたでしょうか?
- 〈認知言語学〉とは、言語を認知の反映として捉える言語学のこと
- 〈隣接性の原理〉とは、隣接関係にあるAとBのうち、Aを指定することで、結果的にBを意味すること
なぜ現在形は習慣を表すのか? -結論-
以上で必要な材料は全て揃いました。
ここから〈認知言語学〉における〈隣接性の原理〉を使って、『なぜ現在形は習慣を表すのか?』という問いに答えていきましょう。
結論を示すと、以下のようになります。
これはまさに〈隣接性の原理〉そのものです。
このことをアニメーションで表現してみました。
人間がどのように世界を捉えているのか気付くことができる
よくある誤解について -現在形の本質は?-
ここで、現在形の理解を深めるために、「よくある誤解」について書いておきたいと思います。
今まで説明してきたように、現在形は『過去・現在・未来の全てに当てはまる習慣を表す』という特色が強いのは事実です。
それが原因で、次のような勘違いがよく起こります。
この2つの例文において、『現在形は習慣を表すから、現在を表すわけではない』という説明は成立しません。
なぜならこの2つは、現在形が現在を表している例文だからです。
もう少し詳しく説明すると…
また2つ目の “I name this dog Pochi” と発話しても、言うまでもなく「私は、習慣的にこの犬をポチと名付けます」という意味にはなりません。その発話以前(過去)では、この犬の名前はポチではなかったし、発話以降(未来)においては一度命名したのだから再度「この犬をポチと名付ける」という行為はできません(「名前を付ける」という行為は常識的に考えて1回しか行われないから)。しかし “name(名付ける)” という行為自体は1回限りしか行われませんが、その発話がされた瞬間、「この犬はポチである」という事態は永遠に成立します。このように発話された瞬間にある事態(今回の場合では「この犬はポチという名前である」という事態)を成立させる動詞のことを、〈遂行動詞〉と言います。declare(宣言する)、promise(約束する)、deny(否定)するなどが〈遂行動詞〉の例として挙げられます。
しかし、先ほどまで見てきたように、『現在形が現在だけではなく、過去と未来に当てはまる習慣を表す』という用法が存在するのもまた事実です。
このような複雑な状況を踏まえて、『現在形が現在のみを表す場合がある』という現象を論理的に説明するにはどうすれば良いのでしょうか?
『現在形が現在のみを表す場合がある』、それは次のような説明で捉えることができます。
全ての現在形は、現在を表すという点では共通だが、そこから〈隣接性の原理〉が発動されれば、いわゆる「過去・現在・未来を表す習慣形」になり、〈隣接性の原理〉が発動されなければ、文字通り「現在だけを表す現在形」になる
すべての現在形は、現在を表す
→〈隣接性の原理〉によって意味拡張すれば「習慣形」になる
関連記事の紹介
今回は『現在形が表す習慣』について扱ってきましたが、
『現在形』というワードに関連して、次のような疑問も浮かび上がってきます。
『時・条件を表す副詞節では、未来のことでも現在形を使って表す』
というのは、英文法における最大の約束事の1つですが、なぜこんなルールが存在するのでしょうか?
そんな疑問を解決する3つのアイデアを別の記事でご提案しています。
今回の記事と関連させて現在形の理解を深めてみてください。
全体のまとめ
今回の記事では、『現在形が過去・現在・未来の習慣形』という役割を果たす理由を見てきました。
そこには〈認知言語学〉による〈隣接性の原理〉と呼ばれる概念が関係していることが分かりました。
『現在形』と『私たちの認知』、そこには奥深く根強い繋がりが存在しているのです。
今回のポイントをまとめます。
- 現在形が「習慣」を表す理屈には、〈隣接性の原理〉が絡んでいる
- すべての現在形は、現在を表す
→〈隣接性の原理〉が発動すれば「習慣」を意味するようになる
関連コンテンツ
この記事の中でご紹介した関連コンテンツをもう1度まとめておきます。
・認知言語学とは何か?
→【認知言語学概論①】認知言語学とは
・今回の記事で使った〈隣接性の原理〉について
→【認知言語学概論③】比喩(メタファー・メトニミー・シネクドキ)
・『現在形のもう1つの謎 -条件節Ifにおける現在形-』について
→【接続詞&時制】『If節中の現在形』を紐解く3つのアイデア
どの記事も今回の記事と密接にリンクしています。
当ブログではたくさんの記事が縦横無尽に繋がっています。
いろんな記事を辿って、英文法の奥深い世界をご堪能ください。
今回もご覧いただきありがとうございました。
また次の記事でお会いしましょう。
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