この理由を考えたことはあるでしょうか?
今回はそんな「aとan」の謎に迫ります。
◎結論: 母音の前のanの理由
いきなりですが、今回のテーマに対する結論をお話します。
今回は、『母音の前はanになる理由』という1つの疑問に対して2つの回答を出します。
『機能的な説明』と『歴史的な説明』が見事に対称的なのがお分かりいただけると思います。
この意味不明な対照関係も、この記事を読んでいただければ綺麗に理解できるはずです。
それでは、この2つの説明を深掘りして、
Q. なぜ母音の前ではanになるのか?
という謎を解明していきましょう。
機能的な説明
1つ目のアイデアとして、言語使用における利便性や機能性を考えてみましょう。
『なぜ母音の前では ‘a’ が ‘an’ になるのか?』
という問いに答えるため、この利便性や機能性が最も一般的に説明に出されます。
そして、利便性や機能性の観点から言語を分析する理論のことを〈機能文法〉と呼びます
機能文法をもう少し詳しく
〈機能文法〉の定義について詳しく説明します。
言語が意思疎通の伝達行為の中でどのように機能しているかということに焦点を当てたもの
例えば、
といったようなことを聞いたことがあるのではないでしょうか?
英語の場合は、be動詞やDo(does)、疑問詞で文が始まれば疑問文だとすぐ分かるし、
否定語も比較的最初に登場するのですぐ否定文だと判断できます。
それに対して、日本語は最後の言葉1つで、肯定文が一気に疑問文や否定文に変わってしまいます。
これも〈機能文法〉の1つです。
つまり、〈機能文法〉とは「コミュニケーションにおける利便性や機能性から捉えた言語分析」と言い換えることができるかもしれません。
機能文法による説明
そんな〈機能文法〉は、
「母音の前では ‘a’ ではなく ‘an’ になる理由」についてどんな説明を与えているのでしょうか?
〈機能文法〉は以下のような説明をしています。
この説明を聞いたことがある方は多いはずです。
確かに母音が連続すると、発音しにくいという問題が出てきます。実際に声に出して発音してみてください。
×a egg → ○an egg
×a orange → ○an orange
機能的な側面に注目したアプローチでは、この発音上の問題を解消するために、‘n’ という子音を挿入することで音の繋がりを円滑化にしていると説明することができます
これが、1つ目の『機能的な説明』に基づく理由です。
英語の歴史的な説明
2つ目の説明として、『歴史的な説明』を見てみましょう。
『英語の歴史』を研究したものを、〈英語史〉と呼びます。
英語史とは
〈英語史〉とは、英語の変化の過程を辿ったものです。
そんな〈英語史〉では、英語は次の4つの区分に分けられています。
1100年頃ー1500年頃 中英語
1500年頃ー1900年頃 近代英語
1900年頃ー 現在 現代英語
《注意》時代区分は研究者によって分かれ、諸説あります。
英語史による説明
上で説明した4つの区分ですが、今回の『母音の前はanになる理由』の謎を解く鍵は、〈古英語〉にあります。
〈古英語〉は今から約1000年以上の前の英語ですが、
そんな〈古英語〉では〈不定冠詞a/an〉について驚きの事実があるのです。
それは、
つまり、
これが〈英語史〉が教えてくれる〈不定冠詞〉の真実です。
そして ‘a’ と ‘an’ の関係について次のような説明ができます。
実は、「母音の前だから ‘a’ が ‘an’ になる」のではなく、「子音の前だから ‘an’ が ‘a’ になる」という説明が歴史的には正しいのです。
→「an+子音」のように子音が連続すると発音しにくいため、‘n’ という子音を脱落させて発音を円滑化させた
機能文法との比較
ここで先ほどの〈機能文法〉による説明をもう一度見てみましょう。
どうでしょうか?
美しいほどに対照的な説明をしていることを実感できるはずです。
2つの考え方のまとめ
2つのアプローチの説明が終わったので、一度ここでまとめておきたいと思います。
母音の前に置かれる ‘an’ という現象に対して、それぞれ次のような説明を与えていることを見てきました。
- 〈機能文法〉
「a → an」のベクトルで、’n’ は母音連続を避けるための挿入 - 〈英語史〉
「an → a」のベクトルで、’n’ は子音連続を避けるための脱落
その関係性を表にまとめます。
目的 | 結果 | プロセス | |
機能文法 | 母音が連続するのを避ける | ‘n’ という子音の挿入 | 「a → an」の変化 |
英語史 | 子音が連続するのを避ける | ‘n’ という子音の脱落 | 「an → a」の変化 |
そして冒頭でお見せした結論をもう一度確認してみましょう。
【日英比較】日本語における助数詞の音の変化
さてここで日本語について少し考えてみたいと思います。
先ほど、〈不定冠詞〉の ‘a’ と ‘an’ が発音の理由で交替することを確認しましたが、
これと似た現象が日本語でも存在します。
それが〈助数詞〉と呼ばれるものです。
定義は難しく聞こえますが、例を出してみればとても簡単です。
例えば、「本」・「個」・「匹」などが挙げられます。
ちなみに、この〈助数詞〉の概念は、東南アジアや南アフリカの言語が持っていて、
実は英語にはありません。
本数を表す「本」という助数詞について
今回考えてみたいのは、本数を表す「本」という助数詞です。
日本語で、「1本、2本、3本、4本…」という時、「本」の発音が異なっていることに気付くでしょうか?
平仮名で表記してみると次のようになります。
2本:「にほん」
3本:「さんぼん」
4本:「よんほん」
ここである疑問が浮かびます。
この謎について考えてみましょう。
「さん」と「よん」の発音について
いきなりですが、衝撃の事実をお伝えします。
表記としては、同じ「ん」となっていますが、実は発音は異なるのです。
そのことを実感する簡単な方法があります。
①「1本、2本、3本、4本…10本」を読み上げてみましょう
② もう一度①を読み上げますが、その時に、3本と4本を言い終わった時の口の形を意識してみてください
上の2つの流れで、「さん」と「よん」の発音の違いが実感できるはずです。
その違いとは、
この違いがあるから、その直後に続く「本」の発音が変化します。
もう少し詳しく説明すると
両唇がくっついた状態から、「ほん」の「ほ」を発音するためには、一度両唇を離す必要があるため、両唇がくっついたままで発音できる「ぼん」の「ぼ」へ繋がり、「本」の発音は「ぼん」になる
両唇が離れた状態から、すぐに「ほん」の「ほ」を発音へ移行できるため、「本」の発音は「ほん」になる
口の動きによって、次にくる音が変化するということです。
「英語の ‘r’ と ‘l’ の発音の違いが難しい」と頭を抱えることが多いですが、実は母語である日本語でも同じような発音の難しさが潜んでいたんですね。
この微かな違いを無意識に使い分けているから驚きです。
英語を学習することによって、日ごろ無意識に接していた日本語について、新しい発見を与えてくれるのも英文法を学習する魅力だと思います。
英語と比較することで、母語の日本語について新たな発見を与えてくれる
助数詞から眺める世界の構造
どう考えても「女性」と「炎」は同じカテゴリーではないですよね。
「鉛筆」も「ビデオテープ」も「シュート」も同じ「本」という〈助数詞〉を使うのと全く同じです。
我々人間の心や脳はどのような思考をしているのか、
なかなか興味深いトピックです。
当サイトの英文法のスパイスにも含まれるスタンスです。
Women, Fire, and Dangerous Things : What Categories Reveal about the Mind, G. Lakoff (Chicago, 1987) をご参照ください。
全体のまとめ
「母音の前では、不定冠詞は ‘a’ ではなく ‘an’ になる」
という英文法のルールを見てきましたが、
そこには〈機能文法〉と〈英語史〉が織り成す美しいコントラストが存在することが分かりました。
目的 | 結果 | プロセス | |
機能文法 | 母音が連続するのを避ける | ‘n’ という子音の挿入 | 「a → an」の思考 |
英語史 | 子音が連続するのを避ける | ‘n’ という子音の脱落 | 「an → a」の思考 |
また次の記事でお会いしましょう。
Baugh, Albert C. (1935), A History of the English Language,Routledge.
渡部昇一 (1983)『英語の歴史』 大修館書店
堀田隆一 (2016) 『英語の「なぜに?」に答えるはじめての英語史』 研究社
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