「机の上に本がある」
例文のように、「~がある」と表現したいときに使われる「there is 構文」。
しかし、「there is 構文 が使えない場合がある」ということをご存知でしょうか?
例えば、以下は there is 構文が使えない場合です。(*は非文法的であることを表します)
「机の上に私の本がある」
a が my に変化しただけで、非文法的になってしまいます。
- なぜ、a が my に変わるだけで非文法的になるのか?
- そもそも、主語の位置にある there は一体何なのか?
なにかと謎が多い there is 構文ですが、今回はその謎を紐解いていきたいと思います。
存在文における2つの謎
最初に今回解き明かしていく〈存在文〉の2つの謎を明確にしておきたいと思います。
それぞれ必要なアイデアを順番に見ていきます。
最後に全て繋がるので、ぜひ最後までご覧ください。
there is 構文が使えない場合とその理由
最初に考えたいのはこちらの疑問です。
名詞の前が a などの不定冠詞だと全く問題ありませんが、定冠詞の the になった瞬間に非文法的と判断されてしまいます。
この原因は、3つのアイデアを合成させてあげれば解決できます。
②〈旧情報と新情報〉
③〈文末焦点の原理〉
アイデア① 限定詞について
1つ目のアイデアは、〈限定詞〉というものです。
〈限定詞〉というあまり聞きなれない用語が出てきましたが、今回はこの〈限定詞〉というアイデアが鍵を握っています。
〈冠詞〉、〈指示代名詞〉、〈所有格〉などが〈限定詞〉の代表例です。
限定詞を更に分類
そんな〈限定詞〉ですが、今回はこの〈限定詞〉をもう少し詳しく分類する必要があります。
というのも、現段階では〈限定詞〉の中に余計なものがいるからです。
その余計なものとは、〈不定冠詞〉a/an です。
今回はある目的で、〈不定冠詞〉a/an を〈限定詞〉の中から排除する必要があります。
そして、〈限定詞〉から〈不定冠詞〉を抜いたものを〈絶対的限定詞〉と呼ぶことにします。
この〈絶対的限定詞〉が1つ目のアイデアです。
【コラム】なぜ 不定冠詞が〈限定詞〉なのか?
そもそもなぜ、不特定の名詞の前につける〈不定冠詞〉が〈限定詞〉なのか? と疑問に感じる方が多いかと思うので、「不定冠詞が限定詞として扱われる理由」を軽く説明しておきます。
理由は以下の2つあると考えています。
② 「1つの名詞に対して、〈限定詞〉は1つしか使われない」という事実が破綻しないように、〈不定冠詞〉も〈限定詞〉に含めるしかなかった
次に②の理由ですが、個人的にはこちらの方が大きな理由だと考えています。
「1つの名詞に対して、〈限定詞〉は1つしか使われない」という英文法の現象が存在します。そして〈不定冠詞〉もその現象を起こしてしまうのです。つまり、その現象を起こしてしまう故に、〈不定冠詞〉も〈限定詞〉に含めなければならなかったのです。実在する規則が破綻しないように、ある意味仕方がなく〈不定冠詞〉も〈限定詞〉として扱わなければならなかったと考えられます。
アイデア② 旧情報と新情報について
次に2番目のアイデアについてご紹介します。
それが〈旧情報〉と〈新情報〉と呼ばれるものです。
言語を使用するとき、話し言葉なら、「話し手」と「聞き手」の間で、書き言葉なら、「書き手」と「読み手」の間で、多種多様な情報が飛び回っています。
そんな情報を、
- 「話題として既に登場したか、してないか」
- 「話し手と聞き手で共有できているか、できてないか」
の観点から線引きすることができます。
そして、次のように定義されます。
アイデア①と②の合成
ここで、先ほどのアイデア①と②を掛け合わせてみます。
つまり、①〈絶対的限定詞〉と②〈旧情報と新情報〉の合成です。
その2つを合成すると以下のようになります。
⇒〈絶対的限定詞〉が付いた語句が〈旧情報〉となる(アイデア①+②)
⇒〈絶対的限定詞〉が付かない(=不定冠詞が付いた)語句が〈新情報〉となる(①+②)
理屈について
法則AⅠと法則AⅡが成立する理屈について説明します。
法則AⅠ
まずこの定義ですが、〈旧情報〉とは、話し手と聞き手で共有された情報です。
the(その)、this(この)、my(私の)などが付いた情報は、話し手と聞き手の間で容易に共有可能です。
そして、そうして両者の間で共有された情報は〈旧情報〉となります。
法則AⅡ
反対にこの定義ですが、〈新情報〉とは、話し手と聞き手で共有されていない情報です。
〈不定冠詞〉が付いていると、聞き手は話し手の意図している対象を理解することは不可能です(特定できない名詞に付けるのが不定冠詞だから)。
そして、そうして両者の間で共有されていない情報は〈新情報〉ということになります。
以上が2つの法則Aが成立する理屈です。
アイデア③ 文末焦点の原理について
そして最後に3つ目のアイデアを導入します。
それが〈文末焦点の原理〉というものです。
(または文末に移動されたものは焦点化される)
【詳細記事】文末焦点の原理について
〈文末焦点の原理〉についての詳しい説明は、別記事にて行っています。
アイデア②と③の合成
ここで、アイデア②とアイデア③を掛け合わせます。
すなわち、〈旧情報と新情報〉と〈文末焦点の原理〉の合成です。
先ほどのアイデア③の〈文末焦点の原理〉で「大事な情報は最後に出す」と書きましたが、その「大事」とは何を基準にしているのでしょうか?
それは、「情報の新しさ」によって判断されます。つまりここにアイデア②の〈旧情報と新情報〉が絡んでくるのです。
「既に知っている情報」である旧情報と、「まだ知らない情報」である新情報の2つのうち、どちらが重要でしょうか?
それは、〈新情報〉の方です。
つまり、〈新情報〉の方が大事だということは、〈文末焦点の原理〉で文の後ろの方に回されるのは、〈新情報〉だということです。
従って、アイデア②と③を合成して次の法則Bが得られます。
⇒ 〈新情報〉は〈文末焦点の原理〉によって文の末尾に回される(②+③)
この合成の結果を便宜上、法則Bと表記します。
これで全ての登場人物が出揃いました。
あとは全てが上手く合わされば
【疑問①】the などの語句と there is~が一緒に使えない理由
3つのアイデアの合成
ついに今までの3つのアイデアが全て合わさり、謎①を解明します。
つまり、〈絶対的限定詞〉と〈旧情報と新情報〉と〈文末焦点の原理〉の合成です。
と言っても、既に合成の半分は終わっています。
既にアイデア①と②の合成、アイデア②と③の合成は終了し、法則Aと法則Bを得ているのです。
もう一度それぞれの法則を復習しておきましょう。
・〈絶対的限定詞〉が付かない(=不定冠詞が付いた)語句が〈新情報〉となる
ここからが合成の最終操作です。
法則Aと法則Bを合成しましょう。
つまり、〈文末焦点の原理〉によって末尾に回されるのは、〈絶対的限定詞〉が付かない(=不定冠詞’a’が付いた)〈新情報〉だということになります。
これが法則Aと法則Bを合成した結果得られる法則です。
最初の例文への立ち戻り
その得られた法則を踏まえて、最初の例文を見てみましょう。
there is 構文 が使用可能な場合
「机の上に本がある」
この例文では、book の前に〈不定冠詞〉の a が付いています。
つまり〈新情報〉で、重要性の高い情報です。
そしてその重要性の高い情報は〈文末焦点の原理〉によって、(できる限り)末尾に回されます。
there is 構文 が使用不可能な場合
「机の上に私の本がある」
この例文では、book の前に〈絶対的限定詞〉の my が付いています。
つまり〈旧情報〉で、重要性の低い情報です。
よって、重要性の低い情報には〈文末焦点の原理〉が適用されません。
それにもかかわらず、上の例文は、〈旧情報〉の my book が、重要性の高い〈新情報〉が置かれる位置に登場しているため、非文法的だと判定されてしまうのです。
文法的に容認される文にするためには、
「私の本が机の上にある」
このように、〈旧情報〉である ‘the book’ を〈文末焦点の原理〉が適用されない文頭に持っていけば良いのです。
これで疑問①の解明は終了です。
ある目的の説明
今まで、3つのアイデアを登場させたある目的については全く説明してきませんでしたが、今の段階になれば以下の操作をしたその目的も納得していただけるはずです。
- アイデア①でなぜ〈限定詞〉から更に〈絶対的限定詞〉を分類したのか?
- アイデア②でなぜ〈旧情報〉と〈新情報〉の考えを導入したのか?
- アイデア③でなぜ〈文末焦点の原理〉を導入したのか?
それぞれの操作に意味があり、そしてすべてが繋がることを実感して頂けたでしょうか?
このように1つの現象を解明するために、多角的な知識を借りて考えることは楽しく、奥深い作業だと思います。
この楽しさも英文法のスパイスです。
1つの現象に対して多角的な視点で考える能力を培える
あの there は何者なのか?
次に2つ目の疑問を考えます。
実はこの答えは既に出ています。
この there は、〈新情報〉を出来るだけ末尾に回すために文頭に登場したものだったのです。
詳しく説明すると次にようになります。
少しでも〈新情報〉の登場を文末に回そうとした結果、文頭に ‘there’ が出現した
there は〈新情報〉を導き出す役割として、文頭に出てきたのです。
このような there のことを〈誘導副詞〉と呼んだりもします。
ここでもう一度 この例文を見てみましょう。
この例文では、the がついた名詞、即ち〈旧情報〉で始まっているため、文頭に there が出現する必要が無かったと説明することが可能です。
このように、
- 〈絶対的限定詞〉
- 〈旧情報と新情報〉
- 〈文末焦点の原理〉
という3つのアイデアを用いれば、〈存在文〉に対して合理的で統一的な説明を与えることができるのです。
全体のまとめ
今回は、いわゆる〈存在文〉と言われる there is 構文について見てきました。
その中で、there is 構文が使用できない場合には、統一的な原理が働いていることが分かりました。
そして、その原理は「知っているものから知らないものへ」という人間の認知構造に非常に合理的です。
- 〈限定詞〉とは、冠詞や指示代名詞や所有格などのこと
- 〈旧情報〉は重要性が低く、〈新情報〉は重要性が高い
- 〈文末焦点の原理〉によって、〈旧情報〉→〈新情報〉の順番で登場する
- there is 構文の ‘there’ は〈誘導副詞〉と呼ばれる
今回の記事で登場した用語もまとめておきます。
〈旧情報と新情報〉〈文末焦点の原理〉〈誘導副詞〉
関連記事の紹介
今回の記事に関連した記事を紹介させていただきます。
◆情報構造と文末焦点の原理
◆〈旧情報と新情報〉を使った文法説明
➤➤ 【接続詞that】衝撃の事実「I think that ≠ I think」
当サイトの記事は相互に連携しています。ぜひ奥深い英文法の世界をご堪能ください。
今回もご覧頂きありがとうございました。
次の記事でお会いしましょう。
コメント
こんにちは。質問をおねがいします。「there is 所有格」がダメということなので、以下の状況をChatGPTに聞いた回答を載せてみます。
日本語
お遣いしようと玄関に行ったが自分の靴がない。仕方ないのでサンダルで行くことにした。途中で公園を通ったのだが、なんと芝生の上に無くなっていた自分の靴があるのを見つけた。
「俺の靴がある!」と叫んだ
ChatGPTの回答
“At the time, upon realizing my shoes were missing as I headed towards the door to run an errand, I had no choice but to wear sandals instead. However, on my way, I happened to pass by a park and to my surprise, I spotted my missing shoes on the lawn. Overjoyed, I exclaimed, “There are my shoes!”
ChatGPTの説明は明確ではなかったので、分かればお願いできますでしょうか?
記事内では「使えない」と強い口調で言っていますが、注釈で書いている通り、実際に使われる英語を観察するとコンテキストによってはthere構文と所有格を含む限定詞の組み合わせはよくあります。
ただ、学校や受験英語などの規範文法では間違いとされることがほとんどなのは事実です(コンテキストなどといった曖昧なものは考慮せず、形式という誰が見ても判断できる基準を設けているので)。
さて、ChatGPTが生成した文章ですが、2通りの説明の仕方がある気がします。
①情報構造(旧情報と新情報)
there構文は、新情報を担う要素を談話の中に導入・誘導する役割を持ち、このことから誘導副詞と呼ばれます。my shoesという語句だけ見ると所有格が付いていて旧情報に思えますが、公園を歩いているシチュエーションにおいてはmy shoesは当然のように話題に上がるものではなく、よって新情報です。その新情報を導入するためにthereが文頭に出ていると考えられます。
②場所を強調するthere
こちらは少しマニアックです。①の導入副詞の役割以外にも、文頭にあるthereを強く発音して場所を強調することができます。この場合、情報構造のためにthereを使っているわけではないので、定冠詞や所有格を伴う名詞を後ろに置くことは可能です。また、どこにあるかは問題ではないので場所を表す副詞句は伴わないようです。
・There are Tom’s parents. (ねえあそこ、トムの両親がいるよ)
強く発音される必要があるので発話に限った用法ですがChatGPTが生成した文も“”があり発話となっていて、かつ場所を表す副詞句も後続していなので、②の説明の方が個人的には有力だと感じます。
とても興味深い質問でした。また何かあればお気軽にご連絡いただけると嬉しいです。
丁寧な解説ありがとうございました。文末焦点のページを見ていなかったので所有格もありだと分かりませんでした。
解説の②が正しそうというのは参考になりました。CGPTに再度訊いても、すぐに意見を変えたりするので、尋ねた次第です。