the book I bought(私が買った本)は自然なのに、the man called me を「私に電話した男性」の意味では言えません。関係代名詞は省略できると習ったのに、目的格は省けて主格は省けない——この違いはどこから来るのでしょうか。
先に答えを示すと、消したあとでも、後ろの文に空いた位置(穴)が残り、関係を復元できるかどうかで決まります。省ける・省けないは、暗記ではなく一つの理屈で見分けられます。
「関係代名詞は省ける」だけでは、線引きが見えない
「関係代名詞は省略できる」と習います。たしかに省ける場合はありますが、いつでも省けるわけではありません。
- the book that I bought → the book I bought (省略しても自然)
- the man who called me → the man called me (意味が変わってしまう)
1は that を消しても問題なく通じます。ところが2で who を消すと、the man called me となり、「その男性が私に電話した」という別の文に見えてしまいます。

同じ関係代名詞なのに、なぜ片方は省けて片方は省けないんですか?

消したあとに「埋めるべき穴」が残るかどうかが違うんです。そこを見ると分かれ目が見えます。
まずは、関係代名詞が後ろの文の中でどんな役割をしているのかからはっきりさせましょう。
省略できるのは「穴が残る」目的格
the book that I bought の that は、後ろの I bought ___ の目的語にあたります。bought の後ろには、本来あるべき目的語の位置が空いています。

that を消しても、この空いた位置(穴)は残ります。「I bought の目的語が足りない=それが前の book だ」と読み手がたどれるので、省略しても意味が崩れません。
主格を消すと、構造が崩れる
一方、the man who called me の who は、後ろの ___ called me の主語です。who を消すと、called の前にあった主語の位置まで一緒に消えてしまいます。

穴が残るか、消えてしまうか
ここが分かれ目です。目的格は、消しても「埋めるべき穴」が文の中に残ります。主格は、消すと穴そのものがなくなり、後ろがそのまま「主語+動詞」の普通の文に化けてしまいます。省略できるのは、消したあとに役割を復元できる場合だけ、というわけです。
例外に見える形も、同じ考え方で読める
主格でも省けるように見える例があります。たとえば the man standing by the door は、the man who is standing… から who is が落ちた形です。

この場合は、後ろが standing という分詞になり、「進行中の状態が man を説明している」と読めます。単純な主格をそのまま消したわけではなく、be 動詞ごと落ちて別の形になっているため、構造が崩れません。
関係副詞も同じ考え方で読める
省略できるかどうかを「役割が復元できるか」で見る考え方は、関係副詞にも広がります。the day (when) I met her や the place (where) I live のように、when や where もよく省略されます。
後ろの文に「いつ・どこ」の穴が残るので、省いても復元できる。
I met her ___ や I live ___ の後ろには、「いつ」「どこ」にあたる位置が空いています。だから when や where を消しても、前の day や place とつながると読めます。穴が残るから省けるという同じ原理です。なお話し言葉では、標準では省けないはずの主格まで落ちる例もありますが、まずは「消したあとに役割が読めるか」を基準にすれば、ほとんどの省略は説明がつきます。
まとめ:省略できるのは「役割が復元できる」場合
最初の問いに結論を示してまとめましょう。
関係代名詞の省略が目的格で許されるのは、消しても後ろに目的語の穴が残り、関係を復元できるからです。主格で省けないのは、消すと主語の位置まで消え、別の文に化けてしまうからです。「省ける/省けない」を丸暗記するより、「消したあとに役割が読めるか」を見ると判断できます。

今回の要点
- 目的格は消しても「目的語の穴」が残り、関係を復元できる。
- 主格は消すと主語の位置まで消え、別の文に見えてしまう。
- 省略できるのは、消したあとに役割が読める場合だけ。
- standing のような形は、be 動詞ごと落ちた別の仕組みで読める。
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