今回は、位置を「右・左」ではなく「東・西・南・北」で言う言語について扱います。
私たちは「コップは君の右にあるよ」「その先を左に曲がって」と、当たり前のように右左で位置を伝えます。ところが世界には、こうした場面でいつも「東」「北」と方角を使う言語があります。「コップは君の北側にある」「南の足をどけて」といった具合です。なんだか不思議で、本当にそんな言い方で生活できるのか、と気になります。
そこでこの記事では、『右左を使わない言語はどうやって位置を表すのか』、そして『そういう言語の話者は、私たちと何が違ってくるのか』を考えてみたいと思います。
結論を先に言うと、位置の言い方には二つの座標系があり、絶対方角で話す言語の話者は、つねに自分がどの方角を向いているかを把握し続けるようになります。その仕組みを順に見ていきましょう。
「君の右だよ」がそのままでは言えない言語がある

まず、どういうことなのかを具体的な場面で確かめます。
オーストラリアの先住民の言語などには、「右」「左」「前」「後ろ」に当たる言い方を、日常の位置説明にほとんど使わないものがあります。代わりに使うのが、東西南北の方角です。
絶対方角の言語:コップは君の北にある。
日本語:もう少し左に寄って。
絶対方角の言語:もう少し西に寄って。
最初は奇妙に聞こえます。けれど、これらの言語では幼い子どもでも自然にこの言い方を身につけ、毎日のやりとりに不自由はありません。私たちが息をするように「右・左」を使うのと同じ自然さで、彼らは「東・西」を使っているのです。では、右左と東西南北は、位置の表し方として何がどう違うのでしょうか。
位置の言い方には、二つの座標系がある

ここで効いてくるのが、座標系という考え方です。位置を表す枠組みには、大きく二つのタイプがあります。
一つは、自分のからだを基準にする言い方です。「私の右」「私の前」のように、話し手の向きが変われば、右も前もくるりと入れ替わります。これを自己中心の座標と呼びます。
もう一つは、自分の外の決まった方角を基準にする言い方です。「北」「東」は、私がどちらを向こうと動きません。これを絶対座標と呼びます。
決定的な違いは、基準が自分の中にあるか、外にあるかです。右左の言語は、向きを変えるたびに基準ごと回ります。方角の言語は、自分がどう動こうと、基準はずっと外の世界に固定されたままです。この違いが、話者の習慣に大きな差を生みます。
方角で話す人は、いつも自分の向きを把握している

絶対座標で話すには、見えない前提が一つ必要です。それは、話している本人が、今どの方角を向いているかを、つねに分かっていることです。
「コップは君の北」と言うためには、話し手も聞き手も、どちらが北かを共有していなければなりません。だからこの言語の話者は、部屋の中にいても、初めて訪れた建物の奥にいても、雲って太陽が見えなくても、自分の向きの感覚を保ち続けていると報告されています。
研究者が、こうした言語の話者を見知らぬ土地へ連れて行っても、彼らはかなりの正確さで方角を言い当てた、という報告があります。母語が一日じゅう方角を要求するから、方角を追い続ける習慣が研ぎ澄まされていくのです。使わなければ眠ったままの感覚が、毎日使うことで磨かれていく、というわけです。
それは「方向感覚の才能」ではなく、必要に迫られた習慣

ここで取り違えやすいのが、「彼らは生まれつき方向感覚が優れた特別な人たちだ」という受け取り方です。
そうではありません。彼らの脳の作りが特別なのではなく、母語が方角を言うことを毎日求めるから、その能力が鍛えられているのです。私たちが右左をすらすら使えるのも、生まれつきではなく、毎日使ってきたからです。
つまりこれは、「ことばが、何に注意を向け続けるかの習慣を作る」という話です。方角を言わずにいられない言語が、方角への注意を一日じゅう保たせている。能力の差ではなく、向ける先の差なのです。
日本語や英語は、右左に寄りつつ方角も混ぜている

では日本語や英語はどうでしょうか。私たちは日常の細かい位置説明では、ほとんど自己中心の右左を使います。「その角を右」「私の前」といった具合です。
とはいえ、方角をまったく使わないわけでもありません。「駅の北口」「南向きの部屋」「東へ向かう」など、広い範囲や地図に関わる場面では方角が顔を出します。
| 場面 | 日本語でよく使う言い方 | 座標系 |
|---|---|---|
| 机の上のコップ | 右・左・手前 | 自己中心 |
| 道案内(近く) | そこを右に | 自己中心 |
| 建物・地図 | 北口・南向き | 絶対方角 |
| 広域の移動 | 東へ向かう | 絶対方角 |
多くの言語は、こうして二つの座標系を場面で使い分けています。違うのは、手元の小さな位置にまで絶対方角を使い切る言語があり、その徹底ぶりが話者の習慣を変えている点です。私たちも方角を持ってはいますが、机の上のコップにまでは使いません。そこが分かれ目です。
まとめ:基準を外に置く言語が、方角への注意を保たせる
最初の問いに戻りましょう。右左を使わない言語の話者は、私たちと何が違ってくるのか。
答えは、位置の基準を自分の外(東西南北)に置く言語では、つねに自分の向きを把握し続ける必要があり、その習慣によって方角への注意が研ぎ澄まされる、ということです。特別な才能ではなく、母語が毎日求めることの積み重ねです。
- 位置の言い方には、自分基準(右左)と外の方角基準(東西南北)の二つの座標系がある。
- 絶対方角で話す言語の話者は、つねに自分の向きを把握し続けている。
- これは生まれつきの才能ではなく、母語が方角を毎日求めることで鍛えられた注意の習慣。
- 日本語・英語は右左に寄りつつ、地図や広域では方角も使い分けている。
ことばが「何に注意を向け続けるか」を形づくる、という見方は、色や数の研究とも地続きです。全体像は サピア・ウォーフの仮説(言語相対論)とは にまとめてあります。言語ごとの構造の違いに関心があれば 世界の言語の基本語順、言語と暮らしの関わりなら 言語と文化の関係とは もおすすめです。


コメント