今回は、英語史(歴史言語学)について扱います。
英語を学んでいると、理屈に合わない「不規則」に何度もぶつかります。go の過去形がなぜ went なのか。knife の k はなぜ書くのに読まないのか。be 動詞はなぜ am・is・are・was・were とバラバラなのか。ひとつひとつ「そういうもの」として丸暗記してきた人は多いはずです。
ところが、こうした不規則はバラバラの偶然ではありません。結論を先に言うと、今の英語にあふれる「不規則」は、そのほとんどが、かつて規則だったものが歴史のなかで崩れたり、別の言語が混ざったりして残った「化石」です。
英語史とは、その化石を時間の流れにさかのぼって読み解く分野です。まずは英語史という分野の輪郭から見ていきましょう。
この記事では、英語史の全体像を、次の順番でたどります。
英語史を1本の地図として描くことで、点で覚えてきた英語の謎が、線でつながって見えてきます。
よくある疑問「なぜ英語はこんなに不規則だらけなのか」
英語の勉強では、「これは例外」「こういうものだと覚えて」と片づけられる場面が何度もあります。代表的なのが、次のような謎です。
- go の過去形が、なぜ goed ではなく went なのか
- knife や know の k を、なぜ書くのに発音しないのか
- 同じ「〜である」なのに、be 動詞だけ am・is・are・was・were とそろっていないのはなぜか
ひとつずつなら「例外」として暗記できます。しかし数が増えてくると、英語は不規則だらけのいい加減な言語に見えてきます。


これらの謎は、それぞれ別の例外ではありません。英語という言語がどこから来て、どんな出来事をくぐってきたかを追うと、共通の原因にたどりつきます。その全体の道のりを描くのが英語史です。
英語史とは、今の英語を時間でさかのぼって読む分野
英語史は、ひとことで言えば「今の英語を、時間をさかのぼって読み解く」分野です。年表を暗記する勉強ではなく、目の前の英語がなぜこの形なのかを、過去にたどって説明していきます。
言語の研究には、大きく2つの見方があります。ある一時点の言語のしくみを切りとって調べる見方と、時間の流れに沿って変化を追う見方です。
言語学には「意味」を切り口にする〈意味論〉のように、さまざまな入口があります。英語史は、そのなかで「時間」を切り口にする入口だと考えると位置づけがはっきりします。
分野の地図そのものを知りたいときは、意味論の入門記事もあわせて読むと、英語史がどのあたりにある分野かが見えてきます。
英語はゲルマン語の一員として始まった
英語の歴史を読むには、まず英語の出身を押さえる必要があります。英語は、世界の言語のなかでどこに属しているのでしょうか。

英語の親戚は、ドイツ語やオランダ語
英語は印欧語族という大きな語族のなかの、ゲルマン語派に属します。ドイツ語やオランダ語は、同じゲルマン語派から分かれた兄弟のような言語です。
兄弟である証拠は、基本的な単語にはっきり残っています。water、father、mother のような毎日使う語や、one・two・three といった数の数えかたは、ドイツ語やオランダ語の対応する単語とよく似ています。借りてきたのではなく、同じ祖先から受け継いだから似ているのです。
フランス語は「いとこ」で、別の枝
英語にはフランス語由来の単語が大量にあります。そのため英語とフランス語を近い言語だと感じる人もいますが、系統で見ると両者は別の枝です。フランス語はラテン語から育ったロマンス諸語で、ゲルマン語派ではありません。
英語はあくまでゲルマン語として生まれ、あとからフランス語の語彙を大量に取り込んだ言語です。
この「ゲルマン語として始まった」という出発点が、のちのち pig と pork のような語彙の二層を生む伏線になります。
英語は三つの時代を通って今の形になった
英語史では、英語の歩みを大きく古英語・中英語・近代英語の三つの時代に分けます。それぞれの境目で、英語の姿を変える大きな出来事が起きました。

古英語(約450〜1100年):屈折ゆたかな、別言語のような英語
5世紀ごろ、ヨーロッパ大陸からアングロ・サクソン人がブリテン島に渡ってきました。彼らの言葉が英語の土台です。
この時代の英語は、名詞が格・性・数によって形を変え、動詞も細かく変化する屈折のゆたかな言語でした。語の形そのものが「主語なのか目的語なのか」を示すため、語順はかなり自由でした。代表的な作品が叙事詩『ベーオウルフ』で、今の私たちが見ても、もはや外国語のように読めません。
中英語(約1100〜1500年):フランス語に揺さぶられた英語
1066年、ノルマン征服が起きます。フランス語を話す支配層が入り、その後およそ300年、政治や宮廷の言葉はフランス語になりました。英語は庶民の話し言葉となり、語尾の細かい変化(屈折)が急速にすり減っていきます。
このころの英語が中英語で、チョーサーの『カンタベリー物語』が有名です。古英語よりはぐっと今の英語に近づきますが、それでもまだ読みこなすには学習が要ります。
近代〜現代英語(約1500年〜):発音と綴りが決別した英語
15世紀末から、英語の長母音の発音が大きく動く大母音推移が進みます。ほぼ同じころ、印刷術が広まって綴りが固定されました。発音は動き続けたのに綴りは固まったため、両者のズレがそのまま残ります。シェイクスピアや欽定訳聖書はこの時代の英語です。
三つの時代の特徴を並べると、変化の方向がはっきりします。
| 時代 | およその時期 | 文法のすがた | 境目で起きたこと |
|---|---|---|---|
| 古英語 | 約450〜1100年 | 屈折がゆたか・語順は自由 | アングロ・サクソン人の渡来 |
| 中英語 | 約1100〜1500年 | 屈折がすり減る・語順が固まりだす | ノルマン征服/フランス語の流入 |
| 近代〜現代英語 | 約1500年〜 | 語順(SVO)が文法の中心・綴りが固定 | 大母音推移/印刷術の普及 |
この三つの時代をまたいで、英語を今の形に作りかえた力が、大きく三つあります。次からは、その力を一つずつ取り上げます。
格が消えると、語順が文法を背負うことになった
英語を今の姿にした力は、大きく三つに分けられます。格の喪失・ノルマン征服・大母音推移です。まずは一つ目、格の喪失からです。

古英語では、語の形(屈折)が「誰が・誰を」を示していました。だから語順を入れ替えても意味は通じました。ところが中英語の時代に語尾がすり減り、語の形では主語と目的語を区別できなくなります。
そこで代わりに働きはじめたのが語順です。「主語→動詞→目的語」と置く順番そのものが、文法上の役割を担うようになりました。これが現代英語の SVO 語順です。今の英語が語順をほとんど崩せないのは、語順が屈折の仕事を肩代わりしているからです。
なぜ英語が語順をここまで固定するのかは、次の記事でさらにくわしく扱っています。
ノルマン征服が、英語に「二階建ての語彙」を作った
二つ目の力が、先ほど時代区分でも触れたノルマン征服です。これは文法だけでなく、英語の語彙にもはっきりした層を残しました。
征服後、フランス語は支配層の言葉になりました。農場で家畜を育てるのは英語を話す庶民、その肉を食卓で食べるのはフランス語を話す上流階級――この役割分担が、そのまま単語に化石として残っています。
| 動物(育てる側・ゲルマン系の語) | 食卓の肉(食べる側・フランス借用の語) |
|---|---|
| pig(豚) | pork(豚肉) |
| cow(牛) | beef(牛肉) |
| sheep(羊) | mutton(羊肉) |
| calf(子牛) | veal(子牛肉) |
| deer(鹿) | venison(鹿肉) |
動物の名前はゲルマン系のまま、肉の名前はフランス語由来――この対応は、英語が一度フランス語に上から塗り重ねられた歴史の跡です。作家ウォルター・スコットが小説『アイヴァンホー』のなかで指摘したことで広く知られるようになりました。
なぜ pig と pork で語が違うのかというテーマそのものは、次の記事で深掘りしています。
発音だけが先に動いて、綴りが歴史に取り残された
三つ目の力が大母音推移と印刷術です。これは、英語学習者を最も悩ませる「綴りと発音のズレ」を生みました。
15〜17世紀ごろ、英語の長母音の発音位置が全体的に動きました。たとえば name の母音はかつて「アー」に近い音でしたが「エイ」へ、time は「ティーメ」のような音から「タイム」へと変わっていきます。
ところが、ほぼ同じ時期にもう一つの出来事が起きました。
キャクストンらによる印刷の普及で綴りが定着した一方、発音はその後も動き続けました。だから綴りは「固定された時点の古い発音」を写したまま残っています。
この結果、英語の綴りは「今の発音」ではなく「昔の発音の記録」になりました。knife の k が読まれないのも、もとは /kn/ と発音されていた名残です。綴りと音が合わないのは、英語がいい加減だからではなく、発音と綴りが別々のタイミングで止まったからなのです。
綴りと発音のズレ、そして黙字については、次の記事でくわしく扱っています。
英語の語彙は、三つの地層でできている
ここまで見た「ゲルマン語としての出発」「フランス語の流入」「学術語の流入」は、英語の語彙に三つの地層を残しました。同じ意味の語が三つそろう「三つ組」を見ると、その層がよく分かります。

一番下の古い層が、日常語をなすゲルマン基層です。その上にノルマン征服以降のフランス借用が重なり、さらにルネサンス以降、ラテン語やギリシャ語からの学術語・専門語が積もりました。
| 日常(ゲルマン基層) | あらたまった(フランス借用) | 専門・学術(ラテン/ギリシャ) |
|---|---|---|
| ask(たずねる) | question(質問する) | interrogate(尋問する) |
| fire(火) | flame(炎) | conflagration(大火) |
| kingly(王らしい) | royal(王の) | regal(帝王の) |
下の層ほど日常的でやわらかく、上の層ほど改まって専門的になります。英語に同義語が異様に多いのも、難しい単語ほどラテン・ギリシャ由来に見えるのも、三つの歴史の層が重なってできた言語だからです。
今の「不規則」は、かつての規則の化石
ここまでの話を一本につなぐと、冒頭の謎に答えが出ます。今の英語の不規則は、それぞれかつての規則が残した化石です。最初に挙げた三つの謎を、その目で見直してみましょう。

went は、別の動詞 wend の過去形だった
go の過去形が went なのは、go がもともと持っていた過去形が使われなくなり、別の動詞 wend(進む)の過去形 went が入り込んだからです。こうして別々の語源が一つの動詞にまとまることを補充法(suppletion)と呼びます。went は「不規則」ではなく、二つの動詞が合体した跡なのです。
be 動詞のバラバラさは、三つの語源の合流
am・is・are・was・were がそろっていないのも、同じ補充法です。これらはもともと別々の語源を持つ動詞で、それが一つの be 動詞の活用としてまとめられました。バラバラに見えるのは、複数の動詞が一つの役割に合流した名残だからです。
knife の黙字も、sing-sang-sung も、規則の化石
knife の k は、かつて発音されていた音が綴りに残ったものでした。一方、sing-sang-sung のような母音を変える変化は、ablaut(母音交替)と呼ばれるゲルマン語の古い規則の名残です。これらは英語の乱れではなく、昔の規則が形を変えて生き残った化石として読めます。
- went・be 動詞のバラつき=別々の語源が合流した跡(補充法)
- knife の黙字=かつて発音されていた音が綴りに残った跡
- sing-sang-sung=ゲルマン語の母音交替(ablaut)の名残
まとめ:英語は「凍った歴史」として読める
最初の問い――なぜ英語はこんなに不規則だらけなのか――に、英語史は一つの答えを返します。英語は複数の言語が重なり、急なスピードで変化してきたため、あちこちに古い規則のかけらが残っているのです。

その目で見ると、不規則は暗記すべき例外ではなく、読み解ける「歴史の化石」に変わります。英語はいわば、過去の姿を凍らせたまま今に運んでいる言語なのです。
- 英語史は、今の英語を時間でさかのぼって読み解く分野。
- 英語はゲルマン語として始まり、ノルマン征服でフランス語の語彙を大量に取り込んだ。
- 格の喪失で語順(SVO)が文法を担い、大母音推移と印刷で綴りと音がズレた。
- went・be 動詞・黙字などの不規則は、すべて「かつての規則の化石」として読める。
FAQ:英語史についてよくある疑問
英語史についてよく聞かれる疑問をまとめます。時代区分や不規則の理由を短く確認し、本文の全体像を振り返ります。時代区分や不規則の理由を短く確認し、本文の全体像を振り返ります。
英語史はいつからいつまでを指しますか?
おおよそ5世紀、アングロ・サクソン人がブリテン島に渡ってきたころから現代までです。期間にしておよそ1500年を、古英語・中英語・近代英語の三つに区切って扱います。
なぜ英語は不規則が多いのですか?
複数の言語(ゲルマン語の土台にフランス語やラテン語)が重なり、しかも比較的短期間で発音や文法が大きく変わったためです。変化のたびに古い形がかけらとして残り、それが不規則として見えています。
古英語は今の私たちが読めますか?
ほとんど読めません。古英語は今の英語とは別言語のように見えます。中英語のチョーサーになると今の英語の片鱗が見えてきますが、それでも読むには学習が必要です。
英語史を学ぶと何の役に立ちますか?
丸暗記してきた不規則の「理由」が分かるため、暗記が理解に変わります。語彙の難易度やニュアンスの違いも、どの層の語かで見当がつくようになります。
関連して読みたい記事
この記事で触れた個別の謎は、それぞれ次の記事でくわしく扱っています。あわせて読むと、英語史の地図がさらに細かくなります。
- goの過去形はなぜwentなのか(補充法)
- なぜ英語はpigとporkで語が違うのか(ノルマン征服と語彙の二層)
- なぜ英語はSVOの語順をほぼ崩せないのか(格の喪失と語順)
- なぜ英語の綴りは発音と合わないのか(大母音推移と黙字)
- 意味論とは何か(言語学の別の入口)
参考文献
この記事を作成するにあたって参考にした、英語史の定番文献です。
- 寺澤盾『英語の歴史―過去から未来への物語』中央公論新社(中公新書)
- 中尾俊夫・寺島廸子『図説 英語史入門』大修館書店
- 堀田隆一「hellog〜英語史ブログ」 http://user.keio.ac.jp/~rhotta/hellog/
- Baugh, A. C. & Cable, T., A History of the English Language, Routledge.
- Crystal, David, The Cambridge Encyclopedia of the English Language, Cambridge University Press.


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