この記事では、〈対照言語学〉という言語学の観点から日本語と英語の動詞の性質を観察します。
いきなりですが、
こんなふざけたことを言われたら信じるでしょうか?
今回の記事では、言語の常識を疑うようなトピックを扱います。
はじめに:対照言語学とは何か?
『そもそも〈対照言語学〉とは何か?』ということを説明しておきます。
今回の場合は、「2つ以上の言語」というのが「日本語と英語」になり、そして「相違点」の方に注目していきます。
〈対照言語学〉の詳細は、以下の記事で詳しく取り上げています。
drink と「のむ」という動詞について
突然ですが、次のような『生徒と教師のやり取り』をイメージしてみてください。
少し長いですが、皆さんも共感できるやり取りのはずです。
ある教室にて…
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先生、質問です。
「水を飲む」は drink water 、「コーヒーを飲む」は drink coffee ですよね。それでは、「薬を飲む」は drink medicine と書けば良いですか?
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その場合は、drink を使うのは不適切です。
take という動詞を使うのが正解です。
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食事に登場するものに対して drink を使うってことですか?
だったら「カレーは飲み物だ」みたいなことを言いますが、
英語でもそのように言ったりするんですか?
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いえ、英語では間違いなく eat という動詞を使いますね。
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「飲む」っていう動詞は drink じゃないんですか?
そういえば、僕のお爺ちゃんが「タバコをのむのは幸せだなぁ」って言ってました。たしか、「タバコをのむ」は英語では smoke ですよね? なんで「タバコをのむ」って言うのに、 drink じゃないんですか?
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はい、その通りです。
日本語では「タバコの煙を吸う」と意味で「タバコをのむ」と表現しますが、英語では smoke という動詞を使います。そういう使い方だから覚えるしかないですよ。
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「そういうもんだから覚えるしかない」って割り切るしかないんですか?
ちなみにですが、僕の家の食器用洗剤の裏面に、「飲むな危険!」って書いてありましたが、英語ではどのように表記するのですか?
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英語では一般的に、‘fatal, if swallowed‘ と表記されていますね。
ここでも、drink ではなく swallow という動詞が使われていますが、これもそういう使われ方だから覚えるしかないんですね。
ちなみに ‘fatal, if swallowed’ の ‘fatal’ は「致命的な」という形容詞、’swallow’ は「飲み込む」という動詞で、意味は「口にした場合、死に至る可能性があります」です。「万一~したら」という仮定法が使われていますね。
このようなやり取りは容易に想像がつくのではないでしょうか?(生徒の男の子があまりに物知りですが…)
2人のやり取りを表にまとめてみましょう。
対象(形) | 日本語 | 英語 |
水(液体) | のむ | drink |
薬(錠剤=個体,水薬=液体) | のむ | take |
カレー(個体) | のむ | eat |
タバコ(気体) | のむ | smoke |
食器用洗剤(液体) | のむ | swallow |
ここで重要なのは、
という点です。
なぜこのような現象が生じるのでしょうか?
この原因を①~③のステップを踏んで考えていきましょう。
②対象の性質
③対象の取り入れ方
① 対象の形
まずは「対象の形」について考えてみましょう。
日本語の「のむ」
まず日本語の「のむ」という動詞です。
「のむ」という行為の対象になるのは、言うまでもなく、水、お茶、お酒…などの液体です。
しかし、日本語では「薬をのむ」と言います。その薬が、水薬(液状の薬)はもちろん、紛薬でも錠剤でも、「薬をのむ」と表現します。
それに加え、「カレーは飲み物だ」のように、食べ物に対しても「のむ」という動詞を当てることもあります。
そして、先ほどの例文でも出てきましたが、「タバコをのむ」のような表現も存在します。この場合の「タバコを飲む」は「煙を吸う」という意味です。
これらのことから分かるのは、
英語の drink
次に、英語の drink という動詞を考えてみましょう。
drink という行為になるのは、水、お茶、お酒…などの液体であることは間違いありません。
それでは、気体と液体の場合はどうでしょうか?
「タバコを飲む」と表現する場合は、smoke という動詞を使います。また、固体の食べ物には当然 drink という動詞は使えません。
つまり、気体と個体には drink は使えません。
ここで、以下のことが言えます。
なるほど、「のむ」と ‘drink’ の違いは、「対象の形」なのか!と思うかもしれません。
しかし、残念ながらそうではありません。
食器用洗剤の注意書きとして、‘fatal, if swallowed’ と表記されているように、洗剤という液体でも ‘drink’ は使用することはできません。よって次のことが分かります。
②対象の性質
次に「対象の性質」について考えてみましょう。
英語の ‘drink’
今回は英語の drink という動詞から見ていきます。
同じ液体なのに、水には drink という動詞が使えて、食器用洗剤には使えない理由は何でしょうか?
言い換えると、水と食器用洗剤の違いは何か?
それは、
という「対象の性質」です。
同じ液体でも、人間の生体維持活動に無害である(むしろ有益な)「水」には drink という動詞が使えますが、反対に有害である「食器用洗剤」は drink という動詞を使うことはできないのです。
drink における「対象の形」と「対象の性質」
drink という動詞における、①「対象の形」と②「対象の性質」をまとめましょう。
日本語の「のむ」
それでは日本語の「のむ」という動詞はどうでしょうか?
英語の drink とは異なり、「のむ」という動詞は、対象の性質に制限を取りません。
生体維持に無害かどうかという制限をとらないので、「水」にも「食器用洗剤」にも同じ「のむ」という動詞が使用できるのです。
その代わり、日本語の「のむ」という動詞には、ある制限が存在するのです。
それが3番目のステップの「対象の取り入れ方」です。
③対象の取り入れ方
最後の制限の「対象の取り入れ方」について見てみましょう。
日本語の「のむ」
先ほどの生徒が言っていたように、日本語では「カレーは飲み物」という表現が存在します。
また、喉に魚の骨が刺さった場面では「ご飯を飲んで、骨を流しなさい」など言ったりもします。
つまり、①の「対象の形」で述べたように「のむ」という動詞は「固形」でも構わないのですが、
カレーと魚の骨の例文では、「対象の形」よりももっと重要な着眼点が存在するのです。
それが「対象の取り入れ方」です。
カレーと骨の例文で問題にしているのは、
つまり、日本語の「のむ」という動詞は、対象を噛まずに、そのまま体内に取り入れるという「対象の取り入れ方」制限を持っているのです。
どんな対象でも、それを噛んだ時点で、「飲む」という行為は成立しなくなってしまうのです。
英語の ‘drink’
一方、英語の drink という動詞には「対象の取り入れ方」という制限は存在しません。
‘drink’ と「のむ」についてのまとめ
かなり長くなりましたが、以上で全て出揃いました。
①対象の形
②対象の性質
③対象の取り入れ方
この3つの制限を踏まえると、2つの動詞の定義は以下のようになります。
もう一度 対応表を見てみると…
この結論を踏まえてもう1度この表を見てみましょう。英語の欄に drink という動詞が使えない理由を追記してみました。
対象(形) | 日本語 | 英語 |
水(液体) | のむ | drink |
薬(錠剤=個体,水薬=液体) | のむ | take(液体ではないから) |
カレー(個体) | のむ | eat(液体ではないから) |
タバコ(気体) | のむ | smoke(液体ではないから) |
食器用洗剤(液体) | のむ | swallow(無害ではないから) |
実際に定義に従っていくつか考えてみましょう。
⇒ medicine (一般的に錠剤の意味)は液体ではないから、drink ではなく take を使う。
⇒ 薬が液体かどうかではなく、噛まずに体内に取り込むから
⇒ 噛まずに流し込むから
以上のすべてを要約すると、
日本語「飲む」は体内に入れる「仕方」に関心がある
‘break’ と「割る/折る」という動詞
上で見たように ‘drink’ と「飲む」の意味の違いがその動詞の目の付け所の違いから生じるものであることを確認しましたが、
これと同じ現象が ‘break’ と「割る/折る」という動詞の対応でも出せるのです。
次のような生徒と教師のやり取りをイメージしてみましょう。
ある教室にて…
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先生、もう1つ質問です。
昨日、‘break’ という単語で「ガラスを割る」という例文を習ったので、
「私は昨日スイカを割った」という文を書いてみました。
‘I broke a water melon yesterday’ は正解ですか?
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この文章で、‘break’ を使うのは不適切です。
‘I cut a water melon yesterday’ が正しい答えです。
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だって ‘break’ は「割る」という意味があるって習いましたよ。
あ、そうだ先生、「足を折る」という例文も習ったので、
「私は紙を折った」を ‘I broke the paper’ って表現してみました。
これは合ってますか?
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これは ‘fold’ という動詞を使うのが正しい表現です。
英語は理屈だけじゃ上手く使えないから、1つずつ別々に覚えましょう。
上のやり取りを表にまとめてみましょう。
例文 | 日本語 | 英語 |
ガラスを | 割る | break |
スイカを | ☆割る | ☆cut |
足を | 折る | break |
紙を | ☆折る | ☆fold |
なぜ「ガラスを割る」の「割る」は ‘break’ なのに、「スイカを割る」の「割る」は ‘cut’ なのでしょうか?
そして、「足を折る」の「折る」は ‘break’ で、「紙を折る」の「折る」は ‘fold’ が使われるのはなぜでしょうか?
その原因について考えてみましょう。
‘break’ ≠「割る/折る」の原因
結論として、‘break’ と「割る/折る」の「目の付け所」は以下の通りです。
この説明を読んで、なんとなくイメージできたでしょうか?
先ほどの表をもう1度見てみましょう。英語の欄に、break が使えない理由 を追記しました。
例文 | 日本語 | 英語 |
ガラスを | 割る | break |
スイカを | ☆割る | ☆cut (刃物を要するから) |
足を | 折る | break |
紙を | ☆折る | ☆fold (2つ以上に分離しないから) |
英語と日本語では、「刃物以外の外力」という手段の点までは同じですが、対象が離れ離れになるかどうかについて異なる立場を取っています。
英語では、対象が離れ離れにならなければならないので、「紙を折る」などの表現は、break という動詞は使えないことになります。
その一方で、日本語では、対象が離れ離れになるかどうかには関心がないので、「紙を折る」や「膝を折る(曲げるの意味)」という表現が可能になるのです。
もちろん対象が2つ以上に分離しても構わないので、棒を真っ二つに折る」のような表現も可能です。
つまり、「折る」の方が ‘break’ より広い場面で使用できるということになります。
また生徒の ‘I broke a big pumpkin‘ という文が不適切なのは、‘break’ という動詞は「刃物以外の外力」を要しなければならないからです。
動詞の「目の付け所」とは
少し難しい話をしています。
ここで用語を1つ紹介します。今までの日本語と英語の動詞を観察してきた中で、動詞の「目の付け所」という言葉を何度も使っていたのに気づいたでしょうか?
実はこのことを指して、動詞の〈構造性〉と呼びます。
動詞の〈構造性〉という言葉は初めて聞いたかもしれませんが、皆さんも必ず接したことがある概念なのです。
もっと正確に言うならば、皆さんは「動詞の構造性が思いっ切り無視されたあるもの」に絶対接したことがあるはずです。
それは、(和英・英訳)辞書です。
辞書には、ある単語の「訳」が網羅された形で記載されていますが、〈構造性〉は一切書かれていません。
その「訳」というのは、「最も近く対応しているとされる意味」なのです。
その辞書に記載されている「訳」だけを覚えても、使いこなせないのは、生徒と先生のやり取りを見てきて分かって頂けたはずです。
「大学受験のための英語」などで英語から日本語への「訳」ばかりに目を向けてしまいがちですが(もちろんその英語学習だって重要で、価値のあることです)、ほんのたまには〈構造性〉という普段あまり気にしない一面にも目を向けてみるのも悪くはないはずです。
そこには言語の奥深さと玄妙さが息を潜めているのです。
そしてそれががまさに英文法のスパイスだと信じています。
英語と比較することで、母語の日本語について新たな発見を与えてくれる
全体のまとめ
今回は、‘drink’ と「飲む」、‘break’ と「割る・折る」という2セットの動詞を扱いました。
日本語の「飲む」が使えるのに ‘drink’ が使えない場合、または「割る」が使えるのに ‘break’ が使えない場合が存在する理由は、動詞の〈構造性〉が異なるからです。
以下が今回の記事のポイントです。
- 〈構造性〉によって、英語と日本語の動詞で意味の違いが生じる
- drink の〈構造性〉
➤ 人の生体を維持するために必要な液体を、口を通して体内に取り入れる行為 - 「飲む」の〈構造性〉
➤ 何か物を、口を通して、噛まずに、体内に取り入れる行為 - break の〈構造性〉
➤ 刃物以外の外力によって、対象を2つ以上の離れた部分にする行為 - 「折る・割る」の〈構造性〉
➤ 刃物以外の外力によって、対象を曲げる行為(対象が必ず2つ以上に分離しなくてもよい)
池上嘉彦 (2016)『〈英文法〉を考える』ちくま学芸文庫
鈴木孝夫 (1973)『ことばと文化』 岩波新書
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冒頭の話と重複しますが、今回の記事は〈対照言語学〉という言語学の観点に基づいた『日英語の動詞対照』です。
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