「主語が3人称単数で、時制が現在の時、
動詞に(e)sを付けなければならない」
いわゆる〈3単現のs〉という文法事項ですが、『なぜ3単現の時だけ、s が付くのか?』と不思議に思った方は多いのではないでしょうか?
「3単現のsの存在の謎」、それは多くの英語学習者たちに付き纏う最大の謎の1つだと言えるでしょう。
今回は、そんな長きに渡る英語学習の謎であった『3単現のsの理由と目的』を3つの視点から考えていきましょう。
書籍紹介
今回の記事は、次の書籍を参考にしています。
英文法の『なぜ?』という疑問を紐解いてくれる1冊です。今回の記事を読んでみて面白いと思った方は、お手にとってみてください。
結論 3単現のsが存在する理由
早速ですが、まず結論を書いておきます。
今回の記事では『3単現のsが存在する理由・目的』を、
の3種類のアプローチから考えますが、要点をまとめると以下のようになります。
① 英語の歴史的アプローチ
〈3単現のs〉を説明する時に最も有名なのが、『英語の歴史』による説明です。
この『英語の歴史』のことを〈英語史〉を呼びます。
英語史とは
〈英語史〉とは、英語の変化の過程を辿ったものです。
そんな〈英語史〉では、英語は次の4つの区分に分けられています。
1100年頃 ~ 1500年頃 中英語
1500年頃 ~ 1900年頃 近代英語
1900年頃 ~ 現在 現代英語
とりあえず英語は色んな姿を辿ってきたんだな、という認識を持って頂ければ問題ありません。
大事なのは古英語の時代
上で説明した〈英語史〉の区分ですが、今回重要になってくるのは〈古英語〉です。
〈古英語〉の時代の英語には、ある特徴がありました。
具体的に、〈古英語〉の ‘bindan’ (現代英語の ‘bind’ [縛る、結びつける] )がどのように変化していたのか表にしてみました。
1人称単数 | 2人称単数 | 3人称単数 | 1-3人称複数 | |
現在形 | binde | bindest | bindeþ | bindaþ |
過去形 | band | bunde | band | bundon |
表を見てみると、〈古英語〉の動詞はなかなか複雑に変化していたことが分かると思います。
言語学では、このように動詞が変化することを〈屈折〉、そして変化した語尾のことを〈屈折語尾〉と呼びます。
この〈屈折〉(動詞の活用)がどんな動詞のどんな人称にも生じてたのが、〈古英語〉なのです。
古英語の特徴と3単現のsの関連性は?
〈古英語〉の特徴は理解していただけたと思います。
ここからは、肝心の『3単現のsが存在する理由』とリンクさせていきます。
もう一度、先ほどの表を見てみましょう。
1人称単数 | 2人称単数 | 3人称単数 | 1-3人称複数 | |
現在形 | binde | bindest | bindeþ | bindaþ |
過去形 | band | bunde | band | bundon |
3人称単数の現在形の箇所に、‘eþ’という〈屈折語尾〉が付いていることが分かります。
これが3単現の ‘s’ の起源だったということになります。
浮かび上がる疑問
この話を聞くと、
という疑問が出てくるかと思います。
‘eþ’ がどのようにして現在の ‘s’ に置き換わったかというと、
という過程が存在します。
つまり、「古英語の ‘eþ’ が、中英語に使われていた ‘s’ が 取って代わられ現在に受け継がれた」ということです。
これで、‘ep’ から ‘s’ への過程は理解できたと思います。
重大な気付き
ここであることに気付きませんか?
実は、今まで「3人称単数のみ、屈折語尾のsをプラスしなければならない」と思っていたのが、「3人称単数以外では、屈折語尾がマイナスになった」という事実が存在するのです。
〈古英語〉の特徴として、〈屈折〉はどんな動詞のどんな人称にも生じてたと説明しましたが、現在の英語ではそれが生き残らなかっただけのです。
つまり、このような背景が分かると、考えるべきことは、
⇩
「なぜ3人称単数現在以外では何も付かなくなったのか?」
という謎に変わります。
なぜ3人称単数以外では何も付かなくなったのか?
さて、肝心の「なぜ3人称単数現在以外では何も付かなくなったのか?」という問いの答えですが、一番シンプルに答えるなら、
音声学的に消失しやすい音というのは、明確な発音を持たず、不安定だったという意味ですが、
曖昧な発音は、発音されなくなってしまい、それが綴り字にも反映されたのです。
良い点
〈英語史〉のアプローチの最大の魅力は、3単現の ‘s’ の起源を遡り、〈英語史〉という1つの大きな物語に誘ってくれることです。
その物語の中で、実は「3単現の時だけ ‘s’ が付く理由」ではなく、「3単現以外では何も付かなくなった理由」こそが重要である、という逆転の発想に出会えます。
当たり前だと思っていた発想を覆される感覚は、とても印象に残る経験のはずです。
不利な点
この説明には、〈英語史〉が歴史という「昔話」を相手している故に不利な点が存在します。
多くの学習者が「3単現の時だけ ‘s’ を付けることに何かしらの目的があるのではないか?」と思っているところに、「3単現の ‘s’ は古英語の ‘þ’ が変遷して残存したもの」という昔話をされても、納得しきれないでしょう。
彼らの最大の関心は、「自分たちに課せられた3単現のsというルールの目的」にあるはずです。
〈英語史〉によって、今の3単現の ‘s’ になった過程を説明されても消化不良になってしまう可能性があります。
その点を上手くフォローしたのが、次に説明する〈機能主義的アプローチ〉です。
② 機能主義的アプローチ
次に2つ目のアプローチの『機能的な説明』を見ていきましょう。
このアプローチは、〈機能主義〉と呼ばれます。
機能主義的アプローチとは
例えば、
英語は最初に肯定文・疑問文・否定文が判断できるが、日本語は最後まで聞かないと判断できない
といったようなことを聞いたことがあるのではないでしょうか?
英語の場合は、be動詞やDo(Does)や疑問詞で文が始まれば、すぐに疑問文だと気づきますし、否定語も比較的最初に登場するので、すぐ疑問文だと判断できます。
それに対して、母語である日本語は、最後の文字1つで意味が大きく変わってしまいます。
これも〈機能主義〉の一例です。
つまり、〈機能主義〉とは「言語使用における利便性や機能性から捉えた言語分析」と言い換えることができるかもしれません。
機能主義的アプローチによる説明
そんな〈機能主義的アプローチ〉が、〈3単現のs〉にどんな説明を与えるのでしょうか?
なかなか実用的な考え方をしています。
3人称というのは、「私(たち)」‘I’ (we) と「あなた(たち)」‘you’ 以外ですが、それだからこそ3人称になるものは無数です。
簡単な ‘he’ とか ‘she’ が主語になる場合もあれば、とてつもなく長い固有名詞が主語になる場合だってあるのです。
そのような長く難しい単語が主語に来た時、
と一瞬思考停止になってしまうことがあるかもしれません。
そんな時に、動詞末尾の「s音」だけ聞き取ることができれば、「あ、さっきのは3人称の名詞だったんだな」ととりあえずの復元が可能になります。
機能主義的アプローチの良い点
この〈機能主義的アプローチ〉の良い点は、学習者たちが「3単現のsには目的があったんだ」と実感できることです。
先程の〈英語史〉は、現在の ‘s’ になった過程を取り上げていて、英語学習者にとっては腑に落ちない可能性がありました。
その一方で、〈機能主義〉に基づくアプローチは、目的を説明できるので、説得力が強いと言えるでしょう。
ルールの目的を知ることができるのは、かなり大きいです。
機能主義的アプローチの苦手な点
〈機能文法〉は、「動詞の末尾のs音さえ聞き取ることができれば、主語が3人称単数だったと復元できる」という説明をしていますが、これだと以下の2点が説明できないのです。
まず①についてですが、とてつもなく長い固有名詞が主語になる場合は、現在時制だけでなく、過去時制だって当然あり得ます。
しかし言うまでもなく、現在時制でも3人称複数が主語の時は ‘s’ は付きません。
次に②の疑問は、主語の復元が目的なら、別に ‘s’ じゃなくても、(‘n’ でも ‘z’ などの)他の文字でも良いじゃないか、という指摘を想定しています。
これら2つの指摘は、まず〈機能主義的アプローチ〉では答えることは不可能です。
③ 分かりやすいアイデア
今まで見てきた2つの説明は、学問的であり説得力がありましたが、それ故に英語を学習したばかりの人にとっては少しとっつきにくい説明かもしれません。
そこで、分かりやすくカンタンな説明も最後に紹介しておきたいと思います。
カンタン説明
その説明とは、
3人称単数は、「私」と「あなた」の面と向かった空間から除外されていて寂しがっているから、’s’ を付けることでその寂しさを無くしてあげる
良い点
この説明の最大のメリットは、やはり英語が苦手な人にも理解し易いということだと思います。
「寂しいからsをつけてあげる」というのは、なんだかハートに訴えるような説明で、強く印象に残るのではないでしょうか?
中学生や英語が苦手なが学習者を対象とした場合は、間違いなくこの説明が一番効果を発揮しそうです。
苦手な点
引用元の動画を視聴すればお分かりになると思いますが、引用させてただいた説明は、英語が苦手な方が英語を克服できるようにと考えられたものです。
そのため、言語学的な問題点を指摘することは的外れだと思うので、苦手な点を挙げるのは控えさせていただきます。
今回のまとめ「3つのアプローチ」
最後に、今回ご紹介した3つの説明をまとめておきます。
上の表を見てみると、〈英語史〉と〈機能主義〉が見事に対照的な特徴を持っていることが分かります。
〈英語史〉の苦手な点を〈機能主義〉が補い、〈機能主義〉が苦手な点を〈英語史〉が補ってくれています。「3単現のs」という1つの物事を多角的に捉えてみると、このような発見に出会うことができます。英文法を通して物事を多角的に捉えることの面白さをお伝えできていたら嬉しい限りです。
今回の記事に出てきた用語やテーマもまとめておきます。
「英語史」の関連記事
今回の記事で出てきた〈英語史〉のアイデアを交えた記事をご紹介します。
参考資料
今回の記事を作成するにあたって参考にした書籍をご紹介します。
↑タイトルの通り、英文法の素朴な疑問を解決してくれる1冊です。英語の歴史から現代の英文法を眺めることで、英文法の新たな姿に出会えます。
- Baugh, Albert C. (1935), A History of the English Language,Routledge.
- 渡部昇一 (1983)『英語の歴史』 大修館書店
- 堀田隆一 (2016) 『英語の「なぜに?」に答えるはじめての英語史』 研究社
- http://www.kenkyusha.co.jp/uploads/history_of_english/series/s02.html
- https://www.youtube.com/watch?v=OcR8NSHpiUQ
コメント
こんにちは、この記事を拝見させていただいた者です。英語史的観点と、英語学的観点からの解説、とても分かりやすかったです。
英語学的観点で参考にされた文献があれば教えていただきたいです。
専門的な内容を視覚的にも見やすく体系的に説明していて、とてもわかりやすかったです!
堀田先生の英語史による説明の記事は私も読みましたが、目から鱗でした。
この記事では一つのテーマに対して複数のアプローチで迫っているのがいいですね。がっちゃんの説明もとてもシンプルでわかりやすく良いなと思いました!
これからも記事の執筆応援しています!
ありがとうございます!