英語には「~させる」という意味を表す使役動詞(causative verbs)がいくつかあります。その代表格が「make」「have」「let」の3つです。
- make: 強制して~させる
- have: 指示・依頼して~させる
- let: 許可して~させる
これらを否定文にすると、
- didn’t make … (強制しなかった)
- didn’t have … (指示しなかった)
- didn’t let … (許可しなかった)
となりますが、意味的にはどのようになるのでしょうか?
実は、否定文にしたとき、1つだけ「仲間ハズレ」の使役動詞がいるのです。本記事では、使役動詞の否定文にしたときの「仲間ハズレ」とその理由を、なるべく分かりやすく解説していきます。
3つの使役動詞のおさらい
使役動詞の基本構造
まず、英語の使役動詞は共通して次のような形をとります。
主語(S) + 使役動詞(V) + 目的語(O) + 動詞の原形(bare infinitive)
- make + O + 動詞原形
- have + O + 動詞原形
- let + O + 動詞原形
ここでは、3つの使役動詞ともに表面的には「同じ並び」という点を確認しておきましょう。
使役動詞の例文
- I made him clean his room.
(私は彼に部屋を掃除させた) - I had him clean his room.
(私は彼に部屋を掃除させた) - I let him clean his room.
(私は彼に部屋を掃除させた)
3つの使役動詞は、相手との関係性や強制力の点で違いはあるものの、肯定文の時点は「彼に何かをやらせた」という大まかな意味で共通していることがわかります。
詳しいニュアンスの違いは下記の記事をどうぞ!
【動詞】使役動詞make / have / letの意味の違いについてわかりやすく解説
使役動詞を否定文にするとどうなるのか?
本題はここからです。先ほどの使役動詞の肯定文では決定的な意味の違いは見えてきませんでした。
それを踏まえて下記3つの否定文をご覧ください。
- I didn’t make him clean his room.
→ 彼に強制しなかった - I didn’t have him clean his room.
→彼に指示や依頼をしなかった - I didn’t let him clean his room.
→ 彼に掃除することを許可しなかった
仲間ハズレの正体は、そう let です。letだけその行為(今回の場合「掃除する」)を阻止したという意味が含まれます。
下記に、それぞれの使役動詞のコアイメージを振り返りながら、否定文の際の振る舞いを見ていきます。
使役動詞maketと否定文
基本的な意味は「強制して〜させる」
例:
I made him clean his room.
- 彼に部屋を掃除させた→彼の意思関係なしに強制させた
否定文にすると、単純にその強制を否定する訳なので「~することを強要しなかった」となります。
例:
I didn’t make him clean his room.
- 彼に部屋を掃除するよう強制はしなかった(が、実際に彼が掃除したかどうかはわからない)
-
意味としては「無理やりやらせなかった」というニュアンスで、それ以上でもそれ以下でもない
使役動詞haveと否定文
基本的な意味は「依頼・指示として〜させる」
例:
I have him clean his room.
- 彼に部屋を掃除させた→彼に役割を与えてやらせた
否定文にすると、「(相手に)~するよう(依頼・指示を)しなかった/手配しなかった」となります。
例:
I didn’t have him clean his room.
-
「彼に部屋を掃除するよう頼まなかった/指示しなかった(ので、彼自身が掃除するかどうかは別問題)」
-
積極的に「やらせる手配・指示」は行わなかった、というイメージ
使役動詞letと否定文
基本的な意味は「相手がしたがっているので〜をやらせてあげる」
例:
I let him clean his room.
- 彼に部屋を掃除させた→彼に自由に掃除をさせた
否定文にすると、「(相手に)~することを許可しなかった」となり、「相手」はその行為を行う許可を得られなかったことを意味します。
例:
I didn’t let him clean his room.
- 「彼に部屋を掃除することを許可しなかった(させてあげなかった・禁止した)」
- 本人が掃除をしたがっていたかもしれないが、それを許さず阻止した、というニュアンス
まとめ:使役動詞の対立関係
否定形になることで、make / have / letの明確に区別されるようになり、結果的にmake&have vs letという対立関係が浮き彫りになります。
make&haveチーム
主語が目的語に対してやらせるという性質の使役動詞なので、否定文「無理にやらせない・やってもらうように手配しない」という意味になる→相手がやったかどうかは不明
letチーム
主語がやりたいことを許可するという性質の使役動詞なので、否定文では「相手に〜させることを許可しない・禁止する」という意味になる→相手はやってない
まとめると、make と have は「相手にやらせる使役動詞」だが、let は「相手がやろうとすることを“許す”使役動詞」という違いがあります。
補足
気付いている方もいるかもしれませんが、「否定文にするとletだけ仲間ハズレ」というのは少し大げさな表現で、実際には肯定文の時から性質の違いはあったものの、否定文にするとその違いがより明確になるという話です。
使役動詞の対立構造が生じる理由を言語学的に分析する
さて、ここからが一番面白いところです。「こういう決まりがあります」と事実を知らされたところであまり面白くはないでしょう。「なぜ?」を考えていきましょう。
今回は、言語学の2つの立場から説明を試みます。〈意味論〉と〈統辞論〉(※)です。
言語学ってなに?どんなジャンルがあるの?と興味がある方は下記の記事で詳しく解説しています。
使役動詞の意味論的分析
まずは意味論の立場からの説明です。
意味論とは、その名の通り言語学の中で意味を研究する分野です。
今回は、使役動詞make / have / letに対して、より抽象的な意味の観点で分類します。
表記について
下記の説明は下記表記に基づきます。
主語(S) + 使役動詞(V) + 目的語(O) + 動詞の原形(bare infinitive)
- 使役者:主語(S)のこと。「させる側」のこと。
- 被動者:目的語(O)のこと。「させられる側」のこと。
- 行為:動詞の原形(bare infinitive)のこと。被動者が行う行為のこと。
- 事象:目的語(O) + 動詞の原形(bare infinitive)のこと。この2語は「被動者が行為をする」という意味的にはSVのまとまりを成している。
make / have: cause型
結論から書きますが、makeとhaveは、「使役者と事象の関係は、因果関係」と捉えられます。つつまり、「使役者は被動者にとって、行為を起こすきっかけ」という意味合いを持ちます。
それを今回は「cause型」と表現します。[A cause B to X]という場合、AはBがXをする原因ですが、BがXする原因はAだけとは限りません。言い換えると、「AによってBがXするのは絶対です」が、「A以外の原因でBがXしてもよい」ことがわかります。
したがって、cause型の場合、否定文になると、「事象の発生は使役者によるものではない」という命題が示されるだけで、使役者以外の関与が理由で事象が発生していても構わないわけです。
let: allow型
その一方で、letは「被動者がやりたい行為を自由にやらせておく」という動詞です。つまり、使役者の被動者に対する働きかけは「許可」といえるでしょう。
ここでは「allow型」と表現します。[A allow B to X]という構造では、AはBに許可して、Xをさせています。つまりBはAの許可のもとXをしているわけです。
したがって、使役者の許可なしでは行為は不発となるわけで、否定文のようにdidn’t letとなると、使役者は許可を出さないという形で被動者が行為を行うのをブロックでき、事象が発生しなかったことが含意されるわけです。
意味論的分析のまとめ
● make / have: cause型
- 使役者が被動者の行為をcauseするかどうかを述べる
- 否定文では「使役者が被動者の行為をcauseしない」ということが述べられるだけで、事象の不発は含意されない
● let: allow型
- 使役者が事象の発生をallowするかどうかを述べる
- 否定文では「使役者が事象をallowしない」ことが述べられ、事象の不発が含意される
次に統辞論の立場から分析を行っていきます。
使役動詞の統辞論的分析
言語学には「統辞論(syntax)」という分野があり、「単語がどのように組み合わさって文を形作るか?」という仕組みを研究します。
使役動詞の場合、一見すると下記のように「表面的には同じ」に見えますが、実は目に見えない構造的な部分が異なっていると分析します。
主語(S) + 使役動詞(V) + 目的語(O) + 動詞の原形(bare infinitive)
- 使役者:主語(S)のこと。「させる側」のこと。
- 被動者:目的語(O)のこと。「させられる側」のこと。
- 行為:動詞の原形(bare infinitive)のこと。被動者が行う行為のこと。
- 事象:目的語(O) + 動詞の原形(bare infinitive)のこと。この2語は「被動者が行為をする」という意味的にはSVのまとまりを成している。
具体的には、この4つのパーツの組み合わせが、make / haveとletでそれぞれ異なると分析します。
make / have: 被動者は行為と結びつく
まず下記の基本構造があります、
- [使役者] [make / have] [被動者][行為]]
makeとhaveの場合、[被動者]と[行為]がまず先にまとまりを作り[事象]となります。
- [使役者] [make / have] [事象[被動者][行為]]
これををシンプルに表すと、
- [使役者] [make / have] [事象]
となります。
これは見てわかる通り、SVOの文型です。
- S[使役者] V[make / have] O[事象]
この構造が表す通り、「[使役者]は、[事象]を作り出す(make)・所有する(have)」となっています。
これを否定文にすると、
- S[使役者] notV[make / have] O[事象]
となるので、S[使役者]がO[事象]を作り出さない・所有していないことを示し、事象はSによって支配されていないことを示します。
シンプルに、notV[make / have]を「/」で置き換えると、視覚的にもその関係性がわかりやすくなります。
- S[使役者] notV[make / have] O[事象]
↓notV[make / have] を / に置換
- S[使役者] / O[事象]
このように、make / haveの否定文ではS[使役者]のO[事象]への関与を否定しているだけの文となります。
let: 被動者は動詞と結びつく
一方で、letはどのような内部的な構造を持つのでしょうか?
まずはmake/haveと同様に下記の基本構造から始めます。
- [使役者] [let] [被動者] [行為]]
letの場合、[被動者]は[行為]とは先に結びつかず、[let]の目的語としてまずその支配下に入ります(※)。
- [使役者] VP[[let][被動者]] [行為]
上では[let]と[被動者]のまとまりをVP(Verb Phras)と表記します。
そして、[let]はその目的語の[被動者]に対して、[行為]をするように促す力を働きかけます。「背中を押す」ようなイメージで、今回はpushと表現し、その[行為]へ向かう状況を「→」で表現します。
- [使役者] VPpush[[let][被動者]] → [行為]
ここまでのポイントは、[let]が[被動者]単独だけを支配しているだけで、[行為]に関しては影響を及ぼしていません。
この構造を否定文にする、つまりnotを挿入すると、
- [使役者] notVPpush[[let][被動者]] → [行為]
となります。つまり、[let]が[被動者]に働きかけるpushを否定していることになり、[被動者]は「→」を辿って[行為]までたどり着くことはできません。これは[事象]が成立しないことを意味します。
- [使役者] notVPpush[[let][被動者]] → [行為]
↓notVPpush[[let][被動者]] を / に置換
- [使役者] / → [行為]
上の構図が示す通り、[事象]が成立することなく、VPは消滅しています。したがって、使役動詞letの否定文では、その事象が不発になったことを含意するのです。
統辞論的分析のまとめ
以上が統辞論の立場からの分析でした。
● make / have: 被動者は行為と結びつく
- [被動者]は[行為]と結びついて[事象]のまとまりを作る
- その[事象]のまとまりを[使役者]が作り出す・持つという状態を[make/have]が示す
- 否定文になると、[使役者]と[事象]の関連性が否定される(だけ)ので、[事象]は起きていても構わない
● let: 被動者は動詞と結びつく
- [被動者]は[let]と結びつく
- [let]は[被動者]に対して、[行為]の方向へpushの働きかけをする
- 否定文になると、その[行為]の方向へのpushの働きが否定されることになるので、[被動者]は[行為]まで辿り着かず[事象]が成立することはない
1つの問題に対して多角的な視点で考える楽しさ
ここまで「なぜmakeとhaveは事象の成立を容認するが、letだけは事象の成立を容認しないのか?」という問いについて、2つの観点で考えてきました。
「なぜ?」を考える楽しさ、そしてその「なぜ?」をいろんな角度や視点から考える楽しさを分かってもらえたら幸いです。
1つの物事に対して多角的な視点で考えることができる
言語学における「意味」と「構造」の関係
少し言語学の考え方に踏み込んだお話をします。言語学に興味がある人はぜひご覧ください。
先ほど、2つの説明をご紹介しました。それぞれ意味論と統辞論の立場の説明です。その説明を読んで、「より本質的な説明」だと感じたのはどちらでしょうか?おそらく後者の統辞論の方かと思います。
意味論的な説明では、「cause型」や「allow型」などの抽象的な動詞の意味を見出して議論していましたが、統辞論的な説明を読むと、その抽象化された意味は構造によって与えられているのではないか?と思ったのではないでしょうか?もくしは今納得してもらえているのではないでしょうか?
どちらが”先”か、どちらに”特権”があるのか?
今回の説明では、あえて「統辞論がより本質的で、意味的な違いはその構造の違いによって生み出される」という流れを作り出しました。
しかし、言語学の理論的な立場によって、「統辞論が先行して意味はそこから導かれるべきか」「意味が基本で統辞論はそれを反映する装置か」「両者は独立か」などさまざまな見解があります。
ここでは、それぞれの立場とその主流な理論をご紹介します。
生成文法(Generative Grammar)における立場:統辞論への特権
ノーム・チョムスキーを中心とする生成文法(Generative Grammar) の伝統的な立場では、統辞構造を最も根源的なものとみなす傾向があります。
- 文法は「統辞論(Syntax) → 形態論/音韻論(PF)と意味論(LF)へ写像」される階層モデル
- 統辞論が文の核を生成し、そこに解釈(意味論)や音声化(音韻論)が後から結びつくという見方
このように、意味論は統辞構造によって制限される という発想が強く、「構文が意味を形作る」と考えます。
概念意味論(Conceptual Semantics)における立場:意味優位
- 人間が有限個の構造を持っているのと同様に、意味(概念)の規則も持っている
- 意味と構造は互いにモジュール的に独立している、あるいは少なくとも並列しているという見解
そのため、この立場の場合、「cause型 / allow型 といったより概念がまずあり、それを言語がどう構文化するかは各言語・各動詞の特性に依存する」というアプローチを取るでしょう。
結局は理論の選択次第
元も子もないですが、どちらの見方が正しいという話はなく、結局、どちらの立場を取るかは理論の選択次第であり、言語の事実をどう説明するかという観点から論じられることが多いです。
使役動詞の「didn’t let」のように、意味論的にも統辞論的にも分析が可能な現象は、「意味と構造のどちらが支配的か?」という言語学の根本問題を考えるうえでも良い例と言えるでしょう。
もし今までの話を読んで、言語学に興味を持っていただけたら下記の記事がオススメです。
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