この記事では、言語学のイメージが膨らむ記事を作成してみたいと思います。
「言語学」とは、言うまでもなく「言語を研究する学問」ですが、実はその内部には様々な種類や立場の言語学が存在します。
そして、興味深いことに「どの種類や立場の言語学を採用するかによって、言語の捉え方も変わる」という現象が起こるのです。
今回は、そんな言語学の面白い性質を、「3単現のs」という文法事項をターゲットにしてご紹介したいと思います。
少し変わったユニークな内容になっていると思うので、ぜひ最後までお楽しみください。
そもそも「3単現のs」とは何か
説明するまでもないとは思いますが、一応「3単現のs」について触れておきたいと思います。
「3単現のs」とは、主語が3人称単数で、(直説法)現在時制の時の、動詞末尾の -(e)s のことを指します。
Tom lives in Hawaii.
上の例文における青文字のsが「3単現のs」と呼ばれるものです。
大前提を踏まえた上で、本題に入っていきましょう。
採用する言語学は4種類
今回、「3単現のs」を説明するために使用する言語学は以下の4種類になります。
採用する言語学
- 歴史言語学(英語史)
- 生成文法
- 機能主義言語学(機能文法)
- 社会言語学
ここからは、それぞれの言語学の簡単な説明と、実際の「3単現のs」に対する説明を見ていきたいと思います。
歴史言語学(英語史)の「3単現のs」の説明
まずは、〈3単現のs〉を説明する時に最も一般的なアプローチをご紹介します。
そのアプローチは、〈歴史言語学〉というものです。
〈歴史言語学〉とは、その名の通り、言語の歴史や変化の側面を取り扱う言語学のことです。
さて、そんな〈歴史言語学〉は〈3単現のs〉に対してどのような説明を与えるのでしょうか?
〈歴史言語学〉の説明は以下の通りです。
「3単現のs」とは、
古英語の屈折語尾 “-þ”が、中英語の時代にイングランド北部の方言に由来する屈折語尾 “-(e)s” に置換され、現在まで残存したもの
いかがでしょうか? これが最も主流な説明とされています。
この〈歴史言語学〉による「3単現のs」の説明は、以下の記事でも詳しく取り上げています。
✔関連記事
【3単現のs】なぜ3単現のsは存在するのか?
生成文法による「3単現のs」の説明
次に〈生成文法〉というアプローチから〈3単現のs〉を観察してみましょう。
〈生成文法〉というのは、1950年代にノーム・チョムスキーというアメリカの言語学者によって提唱された言語理論のことで、主に「人間の言語の生成」に最大の関心を置いています。
そんな〈生成文法〉の「3単現のs」に対する説明は以下の通りです。
「3単現のs」とは、
D構造において、INFL(I, Aux)に生じた接辞-PRESが 接辞移動(Affix Hopping)によって隣接する動詞(V)に付加されたもの
軽く意味不明なことを言っていますが、〈生成文法〉では「句・文などの構造が、どのような有限個の規則系によって生成されるか?」という問題に対して理論構築をしています。その有限個の規則系の中の1つに「3単現のsなどの接辞が生成され、動詞に付加されるまでを示した規則」というものが入っている、とお考え下さい。
応用編として〈樹形図〉を載せておきます。
上の樹形図は、“He eats natto” (彼は納豆を食べる)という文の構造を示したものになります。そして、この樹形図の中にある矢印が「3単現のs」の〈接辞移動〉を表しています。
かなり難しい説明かもしれませんが、「構造(統辞論)に焦点を当てて、色々な規則によって句・文の構造を生成している」とお考え下さい。
機能主義言語学の「3単現のs」の説明
3番目にご紹介するのは、〈機能主義言語学〉というものです。
〈機能主義言語学〉とは、「言語の機能的な側面にフォーカスした言語学」のことです。非常に大きな用語のため、厳密な定義はありません。
そんな〈機能主義言語学〉が「3単現のs」に与える説明は、以下の通りです。
「3単現のs」とは、
- 主語を復元・推測するためのマークのような役割になる
- 話し手と聞き手以外について言及していることを示す役割がある
- 現在と過去を区別するためのマークのような役割になる
このような説明が挙げられます。
この〈機能主義言語学〉の説明は、「3単現のs」の『目的』を説明してくれるため、一番納得しやすいのではないでしょうか。
ただ、このアプローチだと以下のような問いを解決することはできません。
しかし、このような課題がありながらも、学習者に説得力を与えてくれるアプローチだと思います。
社会言語学の「3単現のs」の説明
最後の説明は、〈社会言語学〉という言語学によるアプローチです。
〈社会言語学〉とは、「言語と社会の関係性」を扱う言語学のことです。特に、言語の変種(バリエーション)を扱う場合があり、この代表例が「方言」などの研究です。
そんな〈社会言語学〉では、「3単現のs」に対して以下のような説明をします。
「3単現のs」とは、
現代英語における標準変種である
これだけだと分かりにくいので、以下のような説明を付け加えてみましょう。
「3単現のs」が存在しない変種もある
(He have it. アメリカ黒人変種)
(He like it. イングランド北部・西部変種)
学校の英語教育で習う標準変種の英語しか知らないと、”He like it” のような英語を「誤用」と思ってしまいますが、実際にはそのような英語は1つの「変種」・「英語の姿」として存在しています。
実は日本語でも同じようなことは言えます。例えば、「ある場所に存在する」という状態を表す動詞として「いる(居る)」と表現がありますが、ある方言では「おる」と言ったりもします。当然、この「おる」という表現は「誤用」ではなく、「1つの日本語の姿」として存在しています。
このような言語の「バリエーション」に注目するのが〈社会言語学〉です。
全体のまとめ
今回は、『いろいろな言語学から3単現のsを眺めてみた』という企画をやってみました。
それぞれの言語学の説明は不十分になってしまいましたが、なんとなくでも言語学のイメージと3単現のsの理解は深まったでしょうか?
どの言語学を採用するかによって、「3単現のs」の見せる姿が変わる
これが最大のポイントだと思います。
「視点が変わると、見えてくるものも変わる」という物事を多角的・多面的に考えることの楽しさや奥深さをお届けてきていたら嬉しい限りです。
さて今回のまとめです。
- 歴史言語学(英語史)
「3単現のsとは、古英語の屈折語尾 “-þ”が、中英語の時代にイングランド北部の方言に由来する屈折語尾 “-(e)s” に置換され、現在まで残存したもの」 - 生成文法
D構造において、INFL(I, Aux)に生じた接辞-PRESが 接辞移動(Affix Hopping)によって隣接する動詞(V)に付加されたもの - 機能主義言語学
➤主語を復元・推測するためのマークのような役割になる
➤話し手と聞き手以外について言及していることを示す役割がある
➤現在と過去を区別するためのマークのような役割になる - 社会言語学
現代英語における標準変種である(3単現のsが存在しない変種もある)
関連記事
今回の記事で採用した〈歴史言語学〉と〈機能主義言語学〉に関する説明は、以下の記事で詳しく扱っています。
合わせてご覧ください。
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