サピア・ウォーフの仮説と数|数のことばがないと数えられない?

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今回は、数を表すことばがほとんどない言語と、数えるという行為の関係を扱います。

私たちは「1、2、3……」と数えるのを、あまりに当たり前のことだと感じています。ところが世界には、「1」「2」に当たるおおざっぱな言い方と「たくさん」くらいしか、数のことばを持たない言語があると報告されています。すると気になるのが、「数のことばがないと、人は数を数えられないのか」という問いです。

そこでこの記事では、『数詞がほとんどない言語の話者は、数とどう付き合っているのか』、そして『ことばと数える力には、どんな関係があるのか』を考えてみたいと思います。

結論を先に言うと、正確な数詞は、大きな数をきっちり扱うための「道具」でもあります。その道具を母語が持たないと、大きな数を厳密にそろえる作業が難しくなるのです。実験を順に見ていきましょう。

数のことばがないと、人は数えられなくなるのか?
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「3」「4」に当たることばがない言語がある

数のことばがないと数えられない?の本文図解。ピダハン語の量表現イメージを説明する画像
ピダハン語の量表現イメージを整理した本文図解です。

まず、どういう言語なのかを確かめます。

アマゾンの奥地に暮らすピダハンという人々のことばには、私たちのような正確な数詞がほとんどない、と報告されています。あるのは「少し」「もっと多い」「たくさん」といった、量をざっくり表す言い方くらいです。

数のことばの幅日本語・英語:1, 2, 3, 4, 5 …… いくらでも正確に続く

ピダハン(報告例):「少ない」「もう少し多い」「たくさん」

→ 「ちょうど7個」のような厳密な数を、一語で名指すことばがない

ここで早とちりしてはいけないのは、「彼らは頭が悪いから数えられない」という話ではまったくないことです。彼らの暮らしには、厳密な数を必要とする場面がそもそも多くなかった、という背景があります。問題は知能ではなく、大きな数を一つずつ名指す道具が、母語の中にあるかどうかです。では、その道具のあるなしは、何に効いてくるのでしょうか。それを確かめた実験があります。

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並べた品物の数を「そろえる」課題で確かめた

数のことばがないと数えられない?の本文図解。数の一致課題の手順を説明する画像
数の一致課題の手順を整理した本文図解です。

研究者が行ったのは、難しい計算ではなく、ごく単純な課題です。

机の上に品物を一列に並べて見せ、それと同じ数だけ、自分の前にそろえて置いてもらう。たとえば相手が乾電池を一列に置いたら、それと同じ数の電池を並べる、というだけのものです。数を声に出して数える必要はありません。一対一で対応させればよい課題です。

一見すると、ことばがなくてもできそうな課題です。実際、数が小さいうちは問題なくこなせました。ところが、数が増えていくと、はっきりした変化が現れます。

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小さな数はできて、大きな数で崩れていく

数のことばがないと数えられない?の本文図解。実験結果の整理を説明する画像
実験結果の整理を整理した本文図解です。

実験の結果は、きれいな形をしていました。1個や2個、3個くらいまでは、ほぼ正確にそろえられる。けれど、数が大きくなるほど、ぴたりと合わせるのが難しくなり、誤差が増えていったのです。

見本の数 そろえやすさ
1〜3個ほど ほぼ正確にそろえられる
中くらいの数 だいたい合うが、ずれが出はじめる
大きな数 「だいたいこのくらい」になり、誤差が大きくなる

注目したいのは、小さな数はできるという点です。ごく少ない数なら、人はことばを使わなくても、ひと目で「これは3つ」と把握できます。これは赤ちゃんや一部の動物にも見られる、生まれつきの感覚だと考えられています。

崩れるのは、その「ひと目で分かる」範囲を超えたときです。大きな数を一つずつ正確に対応させていくには、「いま何個目か」を心の中に留めておく目印が要ります。その目印の役を果たすのが、数詞という道具です。道具がないと、大きな数では「だいたいこのくらい」に頼るしかなくなり、誤差が広がっていくわけです。

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「数えられない」のではなく「道具を持っていない」

数のことばがないと数えられない?の本文図解。数詞を考える道具として見る枠組みを説明する画像
数詞を考える道具として見る枠組みを整理した本文図解です。

ここで、言い方をていねいに分けておく必要があります。「数のことばがないと数えられない」という言い方は、少し乱暴です。

正確には、小さな数を把握する力は、ことばがなくても誰にでもある。足りないのは、大きな数を一つずつきっちり扱うための道具のほうです。

分けて捉える○ 少ない数をひと目で捉える力 … ことばがなくても、もともと備わっている
△ 大きな数を厳密にそろえる作業 … 数詞という道具があると、ぐっとやりやすくなる

これは、私たち自身を振り返っても腑に落ちます。「3個」は見た瞬間に分かりますが、「48個」を数詞なしで正確に把握しろと言われたら、お手上げです。私たちが大きな数を扱えるのは、頭がいいからというより、「1, 2, 3……」という便利な道具を子どものころに手渡されているからなのです。

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ことばは、注意を傾けるレンズであり、考えを進める道具でもある

数のことばがないと数えられない?の本文図解。数詞による数量の符号化を説明する画像
数詞による数量の符号化を整理した本文図解です。

この数の話は、言語と思考の関係を考えるうえで、特別な位置にあります。

色や方角の例では、ことばは「どこに注意が向きやすいか」を少し傾けるレンズのように働いていました。けれど数詞の場合、ことばはもう一歩踏み込んで、考えそのものを進めるための道具になっています。

ことばは、世界の見え方を傾けるレンズであると同時に、考えを前へ進めるための道具にもなる。数詞は、その「道具」としての顔がいちばんはっきり出る例です。

数を一つずつ刻んでいける道具を持つと、人は大きな数を正確に扱い、足し引きし、記録できるようになります。ことばが、見え方だけでなく、特定の作業のしやすさそのものを左右している。数詞のあるなしは、その分かりやすい証拠なのです。

ピダハンの数については、研究者のあいだで解釈に幅があり、「数えられない」と単純に言い切れるわけではありません。確かなのは、暮らしの中で厳密な数を必要とする度合いと、それを扱う言語の道具立てが、文化によって大きく違うということです。優劣の話ではなく、何を道具として育ててきたかの違いとして見るのが正確です。
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まとめ:数詞は、大きな数を正確に扱うための道具

最初の問いに戻りましょう。数のことばがないと、人は数えられなくなるのか。

答えは、小さな数を捉える力はことばがなくても備わっているが、大きな数を一つずつ厳密に扱うには、数詞という道具が要る、ということです。「数えられない」のではなく、「正確に数えるための道具を、母語が用意しているかどうか」が違うのです。

今回の要点

  • 正確な数詞がほとんどない言語があり、量を「少し/たくさん」で表す。
  • 同じ数をそろえる課題では、小さな数はできて、大きな数で誤差が増えた。
  • 少数を捉える力はことばなしでも備わる。足りないのは大きな数を扱う道具。
  • ことばは注意を傾けるレンズであり、同時に考えを進める道具にもなる。

ことばが思考に与える影響を、強い決定論と弱い仮説に分けて整理した全体像は サピア・ウォーフの仮説(言語相対論)とは にまとめてあります。ことばと考え方の関わりという点では 言語と文化の関係とは、人間の言語が共通して持つ仕組みに関心があれば 生成文法とは もあわせてどうぞ。

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