「コップは君の右にあるよ」。この一言を、東西南北で言うとしたらどうでしょう。相手の右側が北なら、「コップは君の北側にある」と伝えることになります。
世界には、こうした身近な位置関係にも方角をよく使う言語があります。代表例が、オーストラリア北東部のグーグ・イミディル語(Guugu Yimithirr)です。「右左を使わない言語」として紹介されますが、注目したいのは、右左という考えが理解できないことではありません。日常の位置説明で何を基準にし、その基準が物の配置の覚え方にも表れるかという点です。
この記事では、位置を表す三つの枠組みと、グーグ・イミディル語の話者を対象にした研究を見ます。「方角で話す人は、いつでも道に迷わない」という話と、実験で確かめられたことを分けて考えましょう。
東西南北で話す言語では、机の上も方角で説明する

グーグ・イミディル語について、言語学者スティーヴン・レヴィンソンは、位置関係を東西南北に相当する方位で表す用法を詳しく報告しています。遠くの山や道だけでなく、人のそばにある物の位置にも、方角が基準になります。
方角を基準にすると:コップはあなたの北側にある。
この二つは、条件がそろえば同じ配置を言い表せます。けれど、あなたがその場で半回転すると事情が変わります。動かしていないコップは、今度はあなたの左側になります。それでも、あなたの北側にあることは変わりません。
右左は人の向きに従い、東西南北は人が向きを変えても回転しない。まずは、この違いをつかむと分かりやすくなります。
位置の基準は「相対・内在・絶対」の三つに分けられる
位置を説明するときの基準を、研究では空間の参照枠と呼びます。右左と方角の二つだけでなく、物そのものの向きを使う言い方もあります。
たとえば、椅子のそばにあるコップを説明してみましょう。
| 参照枠 | 言い方の例 | 何を基準にするか |
|---|---|---|
| 相対的な参照枠 | 私から見て、椅子の右にコップがある | 見る人の位置や向き |
| 内在的な参照枠 | 椅子の前にコップがある | 椅子自体の前後。座る人が足を出す側を「前」とする |
| 絶対的な参照枠 | 椅子の北にコップがある | 東西南北など、見る人や椅子の向きによらない方位 |
見る人だけが反対側へ移動すると、相対的な「右」は変わります。椅子だけを回すと、椅子の「前」が変わります。どちらの場合も、北という方角そのものは変わりません。
ただし、人や物が移動すれば「誰の北に何があるか」という位置関係は変わります。方角が固定されていることと、物の位置関係がずっと同じであることは別です。
日本語でも三つの言い方を使えます。言語を、相対的な表現しか使えない群と、絶対的な表現しか使えない群へ単純に分けることはできません。違いが表れるのは、どの場面で、どの参照枠がよく選ばれるかです。
「同じ並び」を再現すると、覚え方の違いが見える
言い方が違うだけなら、翻訳の違いで済むかもしれません。そこで研究者が調べたのが、言葉で答えずに、物の配置を覚えて再現する課題です。
レヴィンソンの1997年の報告では、グーグ・イミディル語話者の空間表現に加え、非言語的な記憶課題が扱われています。向きを変えたあとに配置を再現する課題の考え方は、次のようなものです。
- 机の上に並んだ物を見て、その配置を覚える。
- 向きを180度変え、別の机へ移る。
- 先ほどと「同じ」配置を再現する。
このとき、二通りの「同じ」が成り立ちます。たとえば最初の並びが西から東へA・B・Cだったとしましょう。

| 保つ基準 | 向きを変えたあとに再現するもの |
|---|---|
| 自分から見た左右 | 自分から見て同じ順番。からだが反転したぶん、東西に対する並びは反転する |
| 外の方角 | 西から東へA・B・Cという順番。自分から見た左右の並びは反転する |
報告された課題では、グーグ・イミディル語話者は絶対的な方位を保つ応答を示し、比較されたオランダ語話者の相対的な応答と異なっていました。日常の位置表現で用いる基準と、言葉を使わずに配置を覚えるときの基準に対応が見られたのです。
これは「東西南北という単語を知っている」という以上の面白さがあります。同じ並びを覚えたつもりでも、何を同じとして保存していたかが違う。言語と思考の関係を、具体的な作業で調べる入り口になります。
方角への注意と言語は関わるが、言語だけが原因とは言えない
「北にある」と日常的に伝えるには、その場の方角を把握する必要があります。方角に注意を向け、移動しながら向きを追うことが、会話に役立つわけです。グーグ・イミディル語話者については、身ぶりや空間の記憶でも方位を保つ例が報告されています。
ここから、方角による会話と空間認知が結びついているとは考えられます。ただし、観察された対応だけで「母語がその能力を一方的に作った」とは決められません。暮らしている環境、移動の経験、文化的な習慣も、言語と重なっているからです。
生まれつき優れた人たちだと見るのも、言語さえ変えれば誰もが同じ能力を得ると見るのも、結果を広げすぎています。注意や記憶の使い方を、言語と生活の組み合わせの中で考えることが、この研究の読みどころです。
日本語でも、ふだん選ぶ基準を変えてみると違いが分かる
私たちも、「駅の北口」「南向きの部屋」と方角を使います。「椅子の前」「車の後ろ」なら物自体の向き、「私から見て右」なら見る人の向きを基準にしています。
三つとも知っているのに、机の上のコップを「北側のコップ」と呼ばれると戸惑うかもしれません。知識として方角を理解していることと、その場ですぐに方角を使えることには差があるからです。
試しに、自分の机の上を右左で説明し、そのあと東西南北で説明してみてください。後者では、まず机がどの方角を向いているのか確かめたくなるはずです。この小さな手間が、位置を言うとき、ふだん何に注意を向けているかを実感させてくれます。
まとめ:違うのは、日常で選ぶ位置の基準
「右左を使わない言語」という紹介の先には、位置の基準をめぐる問いがあります。グーグ・イミディル語のように、身近な物にも方角をよく使う言語では、非言語的な配置の記憶にも方位を保つ応答が報告されています。
- 位置の参照枠は、見る人を基準にする「相対」、物の向きを基準にする「内在」、方角などを基準にする「絶対」に分けられる。
- グーグ・イミディル語では、日常の細かな位置説明にも絶対方位がよく使われる。
- 向きを変えて配置を再現する課題では、言語で使う基準と記憶の応答との対応が見られた。
- これだけで、方角を絶対に間違えない能力や、言語だけによる因果関係が示されたわけではない。
言語と注意・記憶の関係を色や数の研究と並べて考えるなら、サピア・ウォーフの仮説(言語相対論)とはへ進んでみてください。表現のしくみ自体の違いには世界の言語の基本語順、生活との結びつきには言語と文化の関係とはもつながります。
参考文献
- Levinson, S. C. (1997). Language and Cognition: The Cognitive Consequences of Spatial Description in Guugu Yimithirr. Journal of Linguistic Anthropology, 7(1), 98–131.


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