これは〈受動態〉という文法事項を説明するときに持ち出される一般的な説明です。
そして、次のような図によって「能動態から受動態へ書き換える方法」を教えられることがほとんどだと思います。
「別の視点」とは?
今回は、設ける「別の視点」というのは、〈情報構造〉です。
情報構造について
今回の鍵になる〈情報構造〉について説明します。
〈情報構造〉という用語の中に「情報」という文字が入っていますが、そもそも〈情報〉とは何のことでしょうか?
まずは言語における〈情報〉を見ていきましょう。
2種類の「情報」: 旧情報と新情報
言語において、情報は2種類に分類されます。
その2種類とは、〈旧情報〉と〈新情報〉です。
英語という言語にかかわらず、言語を使用するとき、話し言葉なら、〈話し手〉と〈聞き手〉の間で、書き言葉なら、〈書き手〉と〈読み手〉の間で、多種多様な情報が飛び回っています。
そんな情報を、
- 「話題として既に登場したか、してないか」、
- 「話し手と聞き手で共有できているか、できてないか」
の観点から線引きすることができます。
そして、次のように定義されます。
〈情報構造〉とは?
先ほど、〈旧情報〉と〈新情報〉という2種類の情報が存在することを説明しました。
それを踏まえて、〈情報構造〉の定義を見てみましょう。
「旧情報→新情報」の順番になる2つの理由
いきなり最初から知らない情報を言われても人間の脳は対処するのに苦労します。
「知っている情報から知らない情報へ」と展開していく方が人間の認知には好都合なのです。
聞き手が関心を持っていて知りたいと思う情報は、言うまでもなく〈新情報〉の方です。仮にそんな〈新情報〉が文の最初に登場してしまうと、そのあとに続く〈旧情報〉は聞き手にとって余計な部分であり、注意して耳を傾ける必要がなくなってしまいます。これだと話し手と聞き手の間で合理的なコミュニケーションが行われているとは言えません。合理的な情報伝達を目的として、「旧情報→新情報」の〈情報構造〉になっていると言われています。
この理屈は重要なのでぜひ押さえておいてください。
受動態の分析へ
以上で必要な下準備は全て終了しました。
ここからは〈受動態〉における〈情報構造〉を考えていきましょう。
〈受動態〉に対する考え方がガラリと変わるはずです。
受動態の本当の目的とは?
この記事の最初でもお見せした図です。
しかし、先ほど説明した〈情報構造〉というアイデアを知った状態でこの図を見ると、何かに気付かないでしょうか?
お気付きの通り、〈能動態〉と〈受動態〉では〈情報構造〉が異なるのです。
〈能動態〉では、Tom→this book という流れですが、
〈受動態〉では、This book→Tom という流れになっています。
〈情報構造〉という視点を据えただけで、こうも先ほどの図が違った姿に見えてくるのです。
つまり、次のように〈受動態〉を捉えることができます。
能動態が使われる場面
次のような〈能動態〉が使われる場面を考えてみましょう。
そのことを踏まえると、先ほどの文は、次の質問に対する返答として想定できます。
[返答]① Tom wrote this book.
受動態が使われる場面
次に、肝心な〈受動態〉を見てみましょう。
この例文では、〈新情報〉は Tom に相当します。
つまり、〈新情報〉である ‘Tom’ は聞き手にとって知りたい情報です。
そのことを踏まえると、この文は、次の質問に対する返答だと想定できます。
[返答]This book was written by Tom.
[質問]では Who を尋ねているので、「この本を書いた人物」=〈新情報〉になります。
そしてその〈新情報〉である Tom は文の最後に登場しています。
したがって、「旧情報→新情報」の〈情報構造〉が成立しています。
もしこの[質問]に〈能動態〉で答えてみましょう。
[返答]① Tom wrote this book. (←能動態)
そうすると、聞き手が知りたい「誰が」(Who) という箇所の答えである Tom が最初に登場することになり、「新情報→旧情報」の順番になってしまいます。
これだと先ほど説明した通り、合理性を欠いたコミュニケーションになってしまいます。
先ほどの説明を再掲しておきます⇩
この合理性を欠いた情報伝達を避けるために、
補足説明
英語という言語の性質と受動態
最後にもう少し〈受動態〉の理解を深めることで、英語そのものの本質に迫っていきたいと思います。
とてもおかしな質問をしますが、
➤ Tom wrote this book.
この文における主語は何でしょうか?
当然、Tom です。それではもう1つ質問します。
なぜ Tom が主語だと分かったのでしょうか?
その答えが英語たる言語の本質と密接に関係し、〈受動態〉の更なる理解へと導いてくれるのです。
英語は「位置」が全て
なぜ Tom が主語だと分かったのか?
これが答えです。
英語という言語において、その要素が置かれた位置によってその要素の役割(主語・目的語・補語…)が決定するのです。
もう少し具体的に言えば、動詞の前に置かれた名詞は主語になり、動詞の後に置かれた名詞は目的語か補語になります。
「動詞の前」という位置に置かれてしまった言葉は、主語として働く運命からは逃れられないのです。それは目的語や補語だって同じです。「動詞の後」という位置に置かれてしまった言葉は、目的語か補語として解釈されてしまいます。
このことから英語は〈位置言語〉という呼称を持っています。
主語になるのか、目的語になるのか、はたまた補語になるのか、彼らの役割は全てがその「位置」に委ねられています。それが〈位置言語〉という英語における運命です。
しかし、それではあまりに窮屈で不自由です。
そんな不自由さを解消する1つの手段が〈受動態〉です。
〈受動態〉という操作をすることで、目的語を主語の位置に飛ばすことができたり、反対に主語をby以下の前置詞句に飛ばすことだって可能になります。
つまりそのような〈位置言語〉としての英語を踏まえると、〈受動態〉は次のように表現できるのでないでしょうか?
『〈主語〉の位置にある言葉を〈目的語〉の意味に変化させる』というかなり矛盾したように聞こえる説明ですが、〈情報構造〉と〈位置言語〉の2つを合わせて考えれば、理解していただけるはずです。
〈受動態〉とは、〈位置言語〉という厳しい制約を背負った英語が行き着いた、「位置」による束縛から解放されるという意義のある文法事項だったのです。
どうでしょうか、〈受動態〉の真の奥深さを垣間見ることはできたでしょうか?
〈受動態〉は「~される」という意味で片付けられるには勿体ないくらい、英語という言語の本質と密接に関係しています。
全体のまとめ
今回の記事では、〈受動態〉の役割について見てきました。
受動態には、「~される」という受け身の意味を生み出すことではなく、合理的な〈情報構造〉を作り出す役割があることを説明しました。
〈情報構造〉という観点から〈受動態〉を眺めると、今までと違った〈受動態〉の姿に気付くことができたのではないでしょうか?
今回のポイントのまとめです。
- 〈旧情報〉と〈新情報〉の2種類の情報が存在する
- 〈情報構造〉とは、〈旧情報〉と〈新情報〉の順序のこと
➤ 一般的に〈旧情報〉→〈新情報〉の順番 - 〈受動態〉は、〈能動態〉では作れない〈情報構造〉を生み出すことが目的
- 英語は、「位置」で情報の役割を示す〈位置言語〉
〈情報構造〉〈位置言語〉
[参考文献]
- Bolinger, Dwight (1977), Meaning and Form, Longman High Education.
- Radden & Dirven (2007), Cognitive English Grammar, John Benjamins.
- 池上嘉彦 (2016)『〈英文法〉を考える』 ちくま学芸文庫
【関連記事】受動態におけるもう1つの本質
今回の記事では、〈受動態〉には〈情報構造〉の変換という役割があることを説明してきました。
しかしながら、どんな〈能動態〉の文も〈受動態〉にすることが可能というわけではないのです。
すなわち、〈受動態〉にできる文とできない文が存在するのは紛れもない事実です。
例えば、
① Tom has blue eyes.
「トムは青い瞳をしている」
この〈能動態〉の文を次のように〈受動態〉にするのは不可能です。
② * Blue eyes are had by Tom.
たとえ「②は①の〈情報構造〉を入れ替えるために作成した文である」という説明であっても、②の文法性は容認されません。
この事実はどのように説明したら良いのでしょうか?
その謎を解明するためには、〈受動態〉のもう1つの性質が絡んでくるのです。
ぜひこちらの記事も合わせてご覧ください。
➤➤【受動態】受動態にできる動詞の性質〈他動性〉
今回もご覧頂きありがとうございました。
また次の記事でお会いしましょう。
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